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亜利馬、格差社会に苦笑する
『BLAZE・一夜の光に燃える男達』
ちょっと赤面してしまうタイトルではあるけれど、ようやくようやく、五月下旬の二十五日――ブレイズの初DVDが発売となった。
「ホストみたい」
「俺以外はね」
会議室の壁にはジャケットと同じ写真を使った大きなポスターが貼ってあった。それを大雅と二人で眺めながら、パックのコーヒー牛乳をすする。
「……獅琉、カッコいいね」
「リーダーだもん。潤歩さんも、竜介さんも大雅もカッコいいよ」
「亜利馬も」
「お、俺は……チビが目立ってるなぁ……」
一見すると本当にアイドルっぽいけどそれはポスターに限った話であって、DVDのの裏ジャケットには俺達五人のあれやこれが惜しみなく掲載されている。
「大雅、もう全部見てみた?」
「うん。昨日見た」
「……俺のも?」
「うん。良晴さんと絡んでたやつ」
「懐かしいなぁ。撮影からそんな経ってないけど」
俺のDVD第二弾も、一応は俺の作品だけど「『ブレイズ』の亜利馬メインDVD・ゲストモデルには同グループの竜介が出演」という触れ込みで行くらしい。今後は五人のメインDVDの殆どがブレイズの宣伝というか、ブレイズの派生作品となるらしい。
「大雅のも見たよ。学生モノだけど、あれ完全にタチ調教だったじゃん。モデルさん正座させて、机座って見下ろしてる大雅カッコよかった」
「何でだろうね。俺、Sじゃないのに」
……無自覚サドなんだなぁ。
「おー、ガキ共揃ってるか」
会議室のドアが開いて、潤歩が顔を覗かせた。
「おはようございます、潤歩さん」
「出発だってよ。さっさと車乗れ」
「了解です、今行きます」
今日の撮影は野外。野外プレイでなく、インヘルの動画に載せるためのほのぼのしたオフショット的な撮影だ。四人が好き勝手に楽しんでいるところを獅琉がマイクを持って話を聞きにくるという、ちょっとしたお遊びの動画。ハードな撮影が続いていたから、たまにあるこういう仕事が嬉しかった。
「五人でデートみたいだ。楽しみだね!」
移動車の中では早速獅琉がハイテンションで、皆にスナック菓子を回したり動画班のスタッフさんにちょっかいを出したりと嬉しそうにはしゃいでいた。
場所は神奈川にある港近くの公園で、正面に海が見える広い丘の芝生だ。住宅街やビジネス街から離れた場所にあるため人も少なく、ちょっとくらいなら騒いでも迷惑にならなそうだった。
「潮風が気持ちいいなぁ」
竜介が丘の上に立ち、海に向かって大袈裟に深呼吸している。その足元にしゃがんで「ちょっと寒い」と呟いたのは大雅だ。
「コーヒー屋さんもある。後で寄って行こう」
「ああ、さっきコーヒー飲まなきゃ良かった」
「こういう広場に来ると、熱唱したくなるぜ」
それじゃあ集まって、と撮影アシスタントのケンさんが俺達を呼んだ。五人の服にそれぞれピンマイクを取り付けてもらい、獅琉にダミーのハンドマイクが渡される。獅琉以外の四人は自由に遊んでいいとのことで、バドミントンやカラーボール、フリスビーなども用意されていた。
「竜介、俺の豪速球を受けろ。顔面でな」
「ああ、望むところだ!」
「望むんかい」
潤歩と竜介はキャッチボールをするようだ。
「じゃあ俺達も一緒に遊ぼうか。大雅、何やりたい?」
「……どれもやったことないから、何でもいい。亜利馬が決めていいよ」
「うーん」
俺は悩んだ末にバドミントンのラケットを取り、一本を大雅に渡した。
「これで、そのハネを思い切り叩けばいいんだね」
「そ、そうなんだけど。俺も初心者だから、今回はどれだけ打ち合えるかの協力プレイにしようよ」
分かった、と大雅が頷く。
「それじゃ、俺から行くね」
運動神経は悪いけど、どんくさい姿だけはさらさないようにしないと。
「行くよ!」
左手に持ったシャトルを、右手で持ったラケットで下から打つ。ただそれだけなのに、タイミングが合わず一回目のサーブは空振りしてしまった。
「ごめん、もう一回。行くよ!」
また空振りだ。もう一度打つと今度は当たったものの全く飛ばず、シャトルは俺の僅か一メートル先の芝の上に落ちた。
「………」
「ご、ごめん。何でだろ、おかしいな」
大雅の冷ややかな視線を受けながら、もう一度ラケットを振り上げる。
「ま、また空振り」
「……亜利馬。俺が先に打つから」
「ごめん、お願いします」
仕方なくサーブ権を大雅に譲り、俺は飛んでくるシャトルに備えラケットを構えた。
「行くよ」
「こい!」
大雅がシャトルを頭上に投げる。
「あ……」
そして、完璧なフォームで振り上げたラケットを、シャトルめがけて振り下ろし──空振りした。
「………」
「………」
悲しくなって、俺達は芝の上に立ち尽くしたまま俯き沈黙した。
「……フリスビーにする」
「そ、そうだね。それなら確実に投げられるし」
ラケットとシャトルを元に戻して蛍光グリーンのフリスビーを取ると、ケンさんに「お互いの顔に当たらないように気を付けてね」と苦笑された。一連の流れを見られていたと思うと恥ずかしくて、つい笑って誤魔化してしまう。
見れば潤歩と竜介のキャッチボール組は投げるのも受けるのも上手く、互いにコントロールも完璧で流石に絵になっていた。使っているのはカラーボールだけど、二人ともキャッチしてから投げるまでの流れが速すぎて、まるでスポーツ部が本当に特訓しているみたいだ。
「捕んなコラ! 顔面で受けろ!」
「ははっ、潤歩もな!」
……ぶつける勢いで投げてるのか。
ちなみに獅琉はその間ずっと、真剣な顔で山野さんからの指示を聞いていた。
「上手く投げれるかなぁ」
「亜利馬。俺が先に投げるから、キャッチして」
「うん、分かった。人が通った時とかは気を付けてね」
念のためにうんと距離を取り、「いつでもいいよ!」と手を振って合図する。
大雅がフリスビーを投げた。俺は綺麗なラインを描いてこちらへ飛んでくるそれを上手くキャッチしようとして、落下地点を予想しながら両手をあげ、あたふたと動き回る。回転する円盤を素手で捕るというのは、思った以上に難しい。
「オーライ、オーライ」
掛け声が合っているか分からないけど、この辺りまで下がっていれば何とかキャッチできそうだ。
「ゲット!」
予想通りに落下してきたフリスビーが、見事に――額に当たった。
「いだあぁっ!」
「……亜利馬。大丈夫?」
声はかけてくれたが決して様子を見に来ようとしない大雅に向かって、俺は涙目で親指をたてる。
「だ、大丈夫。じゃあ今度は俺が投げるよ!」
「ここに向かって投げてよ。動きたくないから」
「わがままだなぁ、もう……」
始めこそ上手く行かなかったが根気よく続ければ慣れるもので、俺も大雅も三十分ほどで何とかフリスビーをキャッチできるようになっていた。上手くいくほど俄然面白くなってきて、近距離で投げてもらってダッシュでそれを追いかけたり、捕る時にわざとスライディングしたりと、俺は芝まみれになって子供みたいに遊んだ。
「調子どうですか、大雅に亜利馬」
マイクを持った獅琉がニコニコ顔でやってきて、大雅にマイクを近付ける。
「結構順調」
「始め、二人とも全然キャッチできてなかったね」
「上手くなった。……見てて」
大雅がフリスビーを投げ、反射的にそれを追いかける俺に言った。
「亜利馬、キャッチ」
「ワオーン!」
これじゃあまるで、飼い主とその犬だ。
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