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「亜利馬は、見てる皆にももうバレてると思うけど……あんまり運動は得意じゃなさそうだね」
フリスビーを持って汗だくになった俺に、獅琉がマイクを向ける。
「う、うん……中学も高校も、スポーツ部に入ってなかったし……体育の成績も……」
ぜえはあ言いながらそれに答えると、「じゃあ何が得意なの」と大雅に言われた。
得意なこと。……俺が得意なこと、何かあったっけ。
「うんと……あっ、そうだ。俺は記憶力が良い方だよ。般若心経とか、寿限無とか全部言えるよ」
「すごいね。じゃあ元素記号なんかは楽勝だね!」
「え、……?」
「……というわけで、次は潤歩と竜介の方に突撃してきます。一旦、CM!」
獅琉が軽快な足取りで俺達から離れて行った。
「俺は元素記号もお経も分からないよ。元気出して、亜利馬」
「ありがとう大雅……」
潤歩達の所では時折笑い声も起きていて、何だか凄く楽しそうだ。マイクを奪った潤歩が獅琉にもボールを投げさせ、そのおぼつかない投球フォームにまた笑い声が起きる。動画として考えると、断然あちらの方が盛り上がっていた。
「うーん」
無口な大雅と無能な俺とでは、あんな風にできない。それならもう、乗っかるしかない。
「おーい、潤歩さん竜介さん。どうせならチーム対抗で何かやりましょうよ」
「いいな、ナイスアイディアだぞ亜利馬」
竜介はそう言ってくれたが、潤歩は目を細めて俺を睨んでいる。
「見てたぜお前ら、バドミントンの時から」
「うっ……」
「チーム戦なら俺は竜介と組むからな。それでもいいなら受けてやる」
「えぇっ! そんなの大人げなさ過ぎます! 俺だって竜介さんと組みたいです!」
「……俺も竜介がいい」
両側から俺と大雅にしがみつかれた竜介が「我ながら人気者だな!」と豪快に笑った。潤歩は更に面白くなさそうに腕を組み、地団駄を踏む勢いで「ガキ共がナメやがって」と怒りをあらわにしている。
「獅琉っ、お前が俺と組め。こいつらを血祭りに挙げるぞ」
「いいけど、何で勝負するの? 三対二でもできそうなものって、あるかな」
「実質一対二だ。何だって勝てるだろ」
「……大雅。俺達、カウントされてない」
耳打ちすると、大雅が唇の端を歪めて笑った。
「馬鹿にしてるね。思い知らせてやるよ、潤歩」
――こ、怖い。
「……よしっ、それじゃあ潤歩さん。バドミントンで勝負です!」
「はぁ? お前ら一発も打てなかったじゃねえかよ」
「打てます! 大雅は本気出したら凄いし、俺は本番には強いんです!」
「……あんだけNG出しといて、よくそんなこと言えるな。……そんじゃ大雅か亜利馬が俺達から一点でも取ったら、お前らの勝ちにしてやるよ」
よし。よしよし。破格の条件だ。いけるはず。
ケンさんにラケットを借りて、ブンブンと前後に振りながら手に馴染ませる。
「お前ら、張り切り過ぎて怪我するなよ」
これも一応は仕事なのに、キャンプ用チェアに座った山野さんは興味なさげな様子でコーヒーを飲み、パソコンを開いていた。その横で撮影係のケンさんが、「面白いのよろしく」と笑っている。
「じゃあ、山手線ゲームでもしながらやろうか」
獅琉のほのぼのした提案に潤歩と竜介が賛成し、話し合った結果「バドミントンをしながら『自分が好きな男のタイプ』を言い合う」という不気味なゲームをすることになった。
「じゃあ、俺から行くね。……えーと、可愛い子!」
獅琉がラケットを構え、シャトルめがけて振り上げる。
のんびりとした勢いで飛んできたそれが、大雅の頭上に落ちてきた。
「優しいひと」
言いながらそれを打ち返す大雅。やっぱり、やれば出来るんだ。
「エロい奴!」
潤歩が勢いをつけて打ち返してきた。
「素直な奴かな、やっぱ」
竜介が笑いながらシャトルを返す。
「そんじゃ、世話しがいのある子!」
再び獅琉がそれを打ち、今度は俺の方へシャトルが飛んできた。
ラケットを振り被って、思い切りそれを打ち返す――
「テクニシャンッ!」
咄嗟に出てしまった言葉はともかくとして、ちゃんとシャトルを打つことができた。「いいぞ亜利馬!」竜介もガッツポーズを送ってくれている。
「やるなガキめ。――従順な奴!」
「……背が高いひと」
「頑張り屋な子!」
「何でもよく食べる奴だな!」
「喰らえ亜利馬! ――尺八上手ッ!」
「え、えーと、ええと……!」
ぎゅんぎゅんと勢いよくシャトルが迫ってくる。俺は自棄になって目を瞑り、力の限りそれを打ち返した。
「……ちっ、ちんこがデカい!」
ガットにシャトルが当たった感触。――やった、またちゃんと打てた!
「………」
「………」
打った直後の恰好のままで停止し、沈黙に恐々目を開ける――と、四人全員とケンさん、それから山野さんまでが茫然と俺を見ていた。
「それって、潤歩のこと」
大雅がボソッと呟き、見れば潤歩の顔が真っ赤になっていた。足元には俺が打ち返したシャトルが転がっている。
「いやぁ、思い切った告白だな、亜利馬!」
「ち、ち、違いますっ! 何言ってんですか竜介さん!」
「亜利馬、照れてる。咄嗟に出ちゃったんだもん、仕方ないよね」
「獅琉さんまでっ……違いますってば! ――う、潤歩さん。違います。違いますからね!」
慌てて叫ぶ俺を見て、潤歩がハッとしたように目を見開いた。
「ば、馬鹿言ってんじゃねえ! んなこと分かってるっつうの!」
結局俺達チームの勝利となったが、非常に恥ずかしい思いをする結果になってしまった。
*
数日後。編集を終えてアップロードされたその動画には、投稿早々コメントがたくさん付いた。
『面白い。こういうのも見てみたかった』
『ブレイズ最高。今後のDVDも全部買います』
『仲の良い雰囲気が伝わってきます。第二弾待ってます』
という嬉しいメッセージがある中で、贔屓にしているモデルへの熱烈なラブコールがあり、ちょっと過激なエロコメントがあり、そして……
『亜利馬www』
『あのエロい亜利馬くんがこんなキャラだったとは。ちょっと意外でした』
『新人くんはお笑い要員かな?(笑)』
「………」
俺は獅琉の部屋のソファに座ったまま、スマホを手にただ茫然としていた。
「亜利馬、大丈夫? 目が死んでるよ」
Tシャツとパンツ姿の獅琉がヨーグルトの皿を手に寝室から出てきて、ついその芸術的な白い生足を見つめてしまう。俺もこんなに綺麗で背が高かったら、獅琉や大雅みたく男の色気というものが出せていただろうか。
「ちんちくりんの、おチビちゃん……」
「え? そんな風に書き込まれてた? 可愛いじゃん、俺そういう子好きだよ」
男前の余裕発言だ。実際自分がそうだったら、そんなことも言っていられなくなる。
「はぁぁ。今からでも背って伸びるんですかね……」
「亜利馬」
ソファの横に座った獅琉が、俺の頬にキスをした。
「みんな違うから、俺達ここに集まってんだよ。俺達だって、他のモデルだって、自分に対するコンプレックスなんて幾らでも持ってる。大なり小なりね」
「……獅琉さんにもコンプレックスが?」
「うん。俺の場合は肌が激ヨワでさ。この仕事ってシャワー浴びて体洗う機会多いから、結構ダメージ喰らうんだよね。ケアも面倒だけどサボるとすぐ肌荒れするし、敏感肌に、っていう女性用の化粧水とか買うのもちょっと恥ずかしいし。後は日焼けも絶対できないしね」
獅琉が照れ臭そうに言って、ヨーグルトのスプーンを咥えた。そういえばたまに獅琉がスキンケアをしている場面を目にしていたけど、美しさを保つためにやっていることだと思っていた。だって実際、獅琉の肌は綺麗で美しい。
「………」
それでも本人は、大変な思いをしていたのか。
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