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 * 「……俺は、羨ましい」 「え、何で?」  その日の午後に大雅の部屋でホットケーキを作っていると、動画を見ながら大雅が言った。 「俺は亜利馬みたいに、いっぱい動いたり喋ったりできないから」 「でも、大雅は黙ってるだけでカッコいいじゃん。だからこそ、たまに喋ると『おお!』ってなるだろうし」 「頭の中では考えてるけど、言葉にするのが下手。……だから、たまに人を傷付けて、嫌われる」 「俺も始めは大雅のこと素っ気ないとか冷たいのかなって思ってたけど。……ちゃんと付き合えば、そんな奴じゃないって分かるのにね」 「ちゃんと付き合える人は、人生でそんなに多くない。だから亜利馬みたいに明るくなれるのが、羨ましい」  その表情の無さも、抑揚のない喋り方も、今では「これが大雅だ」って分かるけど。 「たまにレビューとかで、『もっとはっきり喋れ』とか、『無感情サイボーグ』とか、言われる」  竜介が絡んだ時は特に、感情豊かな奴なのになぁ。  見えない部分が伝わらないのは仕方ないとしても、見えてる部分だけで評価されてしまうのはちょっと寂しい。もちろん、大雅のそういうところが好きだというファンの方が多いということは本人も俺も分かっている。 「みんな色々あるんだなぁ」 「みんな悩んでるよ。竜介だって猫のことで悩んでるし」 「え、シロとクロに何かあったの?」 「ううん。たまにテレビで捨て猫とかの特集やってると、大号泣してる。引退したら保護猫に関わる仕事するんだって。今はそのための資金を貯めてるんだって」 「だからあんなに忙しいんだ」  ホットケーキの皿をテーブルに置き、グラスに、ついでに自分の分も牛乳を注ぐ。 「潤歩の悩みは知ってる?」 「え、潤歩さんにも」 「潤歩って、バックウケする時すっごいテンション落ちるんだよ。この世で一番苦手なんだって」 「そういえばサイトのプロフィールにも書いてあったような……。でも、そんなに嫌ならやらなくてもいいんじゃないの? お金はもらえるけど……」  ううん、と大雅がホットケーキをカットしながら首を振った。 「潤歩って一応メインタチの時はSキャラで売ってるから、それがウケに回ってる時の屈辱的なのが好きなファンもいるんだって。……上手く説明できないけど、潤歩がSなら、潤歩のファンはもっとSな人がいるみたい」 「ええ……」 「そういうファンに応えるためにも、嫌だけど需要があるならやるって前に言ってた。潤歩はウケの時本気で嫌がってるから、それもまた見る側には良いんだろうね」  場合によっては俺なんかよりずっと深刻な悩みなんじゃないだろうか。それにもかかわらず、潤歩自身はそんなことちっとも表に出していない。  獅琉も大雅も、竜介も潤歩も。無条件で愛されてる勝ち組モデルだと思っていたけれど……実際はその裏で色々なことに悩み、落ち込み、頑張っている。  悩みがない人なんていない。そんなの、考えれば分かることだったのに。 「あと、潤歩はちんこがデカいからウケの時に結構色んなことされるみたい。それも嫌だって言ってた」 「そ、それは嫌だろなぁ……」

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