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 その夜は俺が期待していた通り、笑い声の絶えない賑やかな夜になった。  五組の布団を敷いて各々寝転がったり煙草を吸ったりお菓子を食べたり飲んだりしながら、思い付きで色々な話をする。初恋がどうの、初めての相手がどうの、まるで女子会だ。 「今度さぁ、全員で同じVに出たくない?」  ほろ酔いの獅琉がそう言って、敷いた布団の中央であぐらをかいた。 「俺が性教育の先生で、皆が生徒なの。そんで二組のカップルがセックスすんのを俺が指導するの」 「何だそりゃ。今更お前に教えられることなんかあるか」  潤歩がゴロ寝の恰好でさきイカを食べながら言う。片膝を立てているせいで浴衣が捲れ、パンツが丸見えだ。 「そりゃそうだけどさ。そこを演じてこその企画じゃん。ていうか俺が見たいの。例えば亜利馬と潤歩、大雅と竜介が向かい合ってバックでしてるとして、……ちょっとコッチきて、亜利馬と大雅。そこで向かい合って四つん這いになって」 「………」  言われるまま俺と大雅は獅琉の前で四つん這いになった。酔っている人に対しては素直に従った方が面倒臭くならずに済む。 「で、二人共後ろからパートナーに突かれながら、こうして、こう……」 「わっぷ!」  獅琉が俺と大雅の後頭部を押し、強引にキスをさせる。 「いいねこれ! ウケの子達がイチャついてるの見るだけで幸せになれるよ」 「そんじゃ、突くぞ亜利馬!」 「えっ? や、……ちょっと、潤歩さん!」  後ろから浴衣を捲られ、突き出した尻に潤歩が腰を打ち付ける。昼間もこんなことがあったような気がするけど――たちの悪いことに、今の潤歩は極限まで酔っ払っている。 「エロい声出せ、オラ!」 「だ、出せるかぁっ!」 「……じゃあ、大雅の相手は俺がしようかな」  更には同じく酔っ払った竜介までがそれに便乗し、大雅の背後から腰を押し付けた。 「やだ、竜介。あっち行け……」 「そう言われると逆に燃える。分かってんだろ、大雅」 「や、……」  可哀想に、大雅は風呂上りの時よりも顔が赤くなってしまっている。無理矢理の疑似セックスをさせられる俺達を見て獅琉は手を叩き、心から嬉しそうに笑っていた。 「いいねいいね。それで亜利馬と大雅がチューすれば完璧」 「こ、この酔っ払い共!」  この茶番は一時間くらい続いたが、ふと飽きた獅琉の「そろそろ違う話しない?」の一言でようやく俺達は解放された。ウケモデルの雑な扱いはどうかと思ったけど、このくだらない辱めが続くよりはずっとましだ。  その後は布団に包まってお決まりの怪談をし、時計の針が零時を回る頃……俺は意識をなくした。  次に目が覚めた時は部屋が真っ暗になっていた。スマホで確認すると、午前二時。他の四人もそれぞれの布団で寝息をたてている。 「………」  こんな時に限って尿意に襲われてしまった。ジュースをたくさん飲んだのにトイレに行かず寝落ちしてしまったから、無理もない。ちなみにトイレは襖を開け和室を出て、玄関スペースの左側だ。サッと行けばすぐ終わる。  みんなを起こさないように布団を跨いで襖へ向かい、そっと開いて玄関へ出る。と―― 「えっ、うそ……」  トイレのドアには「故障中、ご迷惑おかけします」の張り紙があった。達筆な文字で書かれたそれは、確かに昼間はなかったものだ。夕飯を食べ終わって戻って来た時にもなかった。俺が寝てる間に潤歩辺りが何かやらかして故障したのだろうか。 「………」  俺は黙ったまま部屋へ戻り、寝ている獅琉の肩を揺すった。 「獅琉さん。……獅琉さん、起きてください」 「ん……亜利馬。なに、どうしたの……」 「トイレ付いてきてください……」 「えー……眠い」  ゴロンと寝返りを打ってまた寝てしまう獅琉。俺は唇を強く噛み、薄情なリーダーの気持ち良さそうな寝顔を凝視した。  独断と偏見で決めた俺の中の「優しさランキング」一位の獅琉に断られ、俺は次に同率一位の竜介の肩を揺さぶった。いびきをかいて寝ている竜介はなかなか起きてくれないが……何度か繰り返していたら、ようやくその目を開けてくれた。 「お、……どうした亜利馬」 「竜介さん。部屋のトイレが壊れてるみたいで……。廊下の方のトイレ、一緒に来てくれませんか?」 「構わないぞ。こういうのも先輩の役目だからな」 「さ、さすが兄貴っ……」  あくびをしながら身を起こした竜介が、「よっこいせ」と布団に手をついて立ち上がる――が。 「お、……?」  その腕がガクンと折れ、再び布団に尻餅をついてしまう竜介。 「どうしたんですか?」 「うーん、……立てん」 「ええっ」 「相当飲んだからな。悪いが、もうしばらく待ってくれないか」  聞きたくない。そんな先輩の弱気な台詞なんて、一言だって聞きたくない。 「うーん」  見た目に反して相当酔いが回っているらしく、竜介が布団の上で転がった。駄目だこの兄貴は。  大雅は絶対に起きないだろうし、潤歩には頼みたくない。こうなったらもう、一人で行くしかないのか―― 「……暗闇で座って何やってんだ? まさか漏らしたんじゃねえだろうな」 「う、潤歩さん?」  葛藤していたら突然潤歩が起き上がり、眠そうに目を擦りながらそのまま立ち上がった。 「どこ行くんですか?」 「どこって、小便に決まってんだろうが……」 「お、俺も行きますっ」 「気持ち悪りいな、付いてくんなよ」 「いえ、俺も行こうと思ってたところなので……」  思いがけないチャンスに安堵し、慌てて潤歩の後を追う。玄関でスリッパを履いていると、暗闇の和室からのっそりと大雅が出てきた。 「俺も行く……」 「全く、トイレも一人で行けねえのかよお前らは。男として恥ずかしくねえのか」 「だって、怖いものは怖いですもん……」 「……俺は目が覚めちゃっただけ」  結局三人で廊下に出てすぐ近くの共用トイレへ行き、仲良く並んで用を足した。――確かに恥ずかしい。廊下は明るいし、これなら一人でも全然行けたはずだ。 「怖い怖いって思うから怖いんだ。怖がりの奴らは無駄にあれこれ考えるから、自分で自分の首を絞めることになる」  トイレを出て戻る途中は、ずっと潤歩の説教が続いた。 「潤歩さんは幽霊とか怖くないんですか」 「そんなモンはな、気にしなきゃ気にならねえんだよ。幽霊ってのは波長が合う奴の所に現れる。なら逆に気にしねえ奴の所には来ねえんだよ」 「……潤歩、詳しい」 「言っとくけど俺の爺さんは寺の坊主やってんだ。ガキの頃から爺さんの怪談聞いて育ったからな。幽霊は見たことなんかねえけど、ちっとも怖くないね」  部屋のドアを開け、スリッパを脱いで框に上がる。 「何だか潤歩さんがすっごく頼れる人に見えてきました」 「見直したかガキめ。とにかく幽霊だの妖怪だのなんてモンは――」 「潤歩。……あれ、何?」  玄関から襖を開けた先、明かりが消えたままの部屋の奥を大雅が指さした。 「あ? 暗くて見えねえよ」 「何か揺れてる。……こっちに背中向けてる」 「ちょ、っと……大雅、やめてよ」  言いながら、俺も「それ」から目が離せなかった。「それ」が背を向けているのもはっきり見えた。暗がりの中で立っているそれは、……確かに浴衣を着ていた。  獅琉と竜介は変わらず布団で眠っている。ならば、部屋の奥で左右に揺れているそれは一体誰なのか。 「っ……!」  咄嗟に大雅の背中に隠れた俺は、両腕を大雅の腰に回して強くしがみついた。腰が抜けかけているが、叫ばなかっただけ褒めてほしい。 霊感なんて全くないのに――初めて、見てしまった。 「……潤歩、どうにかしてよ。怖くないんでしょ」  大雅がいつもと変わらない口調で言う。 「潤歩?」 「ゅ、……」 「潤歩さん?」 「幽霊だあぁぁ――ッ!」

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