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 それそのものを見てしまったことよりも潤歩の声に驚いて、俺と大雅は弾かれたように玄関のドアを開け廊下に飛び出した。数舜遅れて潤歩も部屋を出て、三人とも押し合いへし合い、我先にとどこを目指すでもなく廊下を走る。 「おいっ! お前ら、……ざけんなっ、待てコラ!」  やみくもに伸ばされた潤歩の両手が俺達の浴衣の帯を掴み、バランスを崩した大雅が豪快にその場でひっくり返った。俺の方は完全に帯が解けてしまい、そのせいで裾を踏んづけ結局転んで顔面を打ってしまった。 「いってぇ……」  肩で息をする潤歩が俺達を見下ろし、獣のような声で言う。 「……戻るぞ、てめぇら」 「嫌です絶対! 潤歩さん見てきてくださいよ!」 「黙れっ、ここで逃げたところでいずれは戻らなきゃならねえだろ。あんなモン見間違いだ、ビビってんじゃねえ!」 「……ていうか、潤歩が叫んだからびっくりしたんだけど」 「言い訳するな、大雅っ。とにかく戻るぞ」  そうして俺達三人は大雅を中央に廊下を戻り、再び部屋の前へとやって来た。 「……あれ? 電気点いてる……」  半分ほど開いた襖の向こうは明るく、見れば獅琉と竜介も起きて布団の上に座っている。 「し、獅琉さん。竜介さんっ」 「あれ。亜利馬たち、どこ行ってたの?」  俺達三人は茫然と部屋の中を見回した。そこにいたはずの浴衣姿の「それ」は、いない。 「亜利馬、浴衣がぐちゃぐちゃだよ。おでこも赤いし」 「あの、俺達トイレに行ってて、戻ってきたら……」  全ての経緯を説明すると、あぐらをかいていた竜介が膝を叩いて笑った。 「それは俺が脱いだ浴衣だ。そこに掛けておいたんだよ」 「え、……?」 「亜利馬に起こされた後、寝苦しくなって脱いだんだな。寝ぼけてたからよく分からんが、ついさっき寒くなって着たんだ」 「な、なんだぁ……良かった」 「それより潤歩、何か叫んでただろ。それで俺も獅琉も目が覚めたんだぞ」  大雅と二人で潤歩を振り返ると、その顔は真っ赤になっていた。 「……潤歩さん」 「う、う、うるせえっ! 紛らわしい真似すんな竜介っ、ぶっ飛ばすぞ!」 「はっはっは、すまん。まさか幽霊と勘違いされるとはな!」 「そういう可愛いとこあるよね、潤歩って」 「黙れ獅琉っ! ――もういい、朝まで飲むぞお前ら!」  こうして眠気なんて吹っ飛んでしまった俺達は、早朝五時頃まで宴会の第二部を始めることとなった。チェックアウトの時間になって誰も起きてこないから、五人揃って山野さんに叱られたけれど……俺にとってそれなりに、いや、凄く良い思い出になった。  * 「亜利馬」  みんなが眠りこけている帰りのワゴン車の中、大雅が俺に言った。 「なに?」 「俺達が着てた旅館の浴衣って、紺色だった」 「え? ……うん、そうだったけど」 「でも俺達が見たあれは、白い浴衣だった」 「………」  ハッとして後方を振り返る。 リアウィンドウの向こう側、小さくなって行くN旅館。 「……白装束の、……」  乾いた口の中で唾を飲み、シートに深く座り直しながら大雅に言った。 「みんなには一応、黙っておこうか……」 「うん」  俺達を乗せたワゴンは渋谷を目指し走り続ける。剥き出しの腕に走る鳥肌を車内の寒さのせいにして、俺は仕方なく目を閉じた。

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