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亜利馬、根性の新境地開拓
旅館での撮影からしばらく。これまでにブレイズとして計三本のタイトルをリリースし、売上げも予想を上回っているらしく、メーカー内では俺達以外のモデルを使ったグループを結成する話も出ているようだ。
「ライバルグループが出てきたら、俺達もうかうかしてられなくなるね」
「でも楽しそうです! グループ対抗でゲームバトルとか、運動会とか水泳大会とかやりましょうよ!」
その日も五人集まって会議室で昼食を取りながら話していると、二個目のフィッシュバーガーにがっついていた潤歩に鼻で嗤われた。
「何だそりゃ。俺らセックスしてナンボだろ。そんな企画ばっかりじゃ飽きられるわ」
「面白いと思うのになぁ……」
落ち込む俺の肩を、獅琉が優しく叩く。
「そういうのはDVDのメインじゃなくて、オマケとか、たまに動画でやるならいいかもね。確かにやってる俺達は絶対楽しいけど、メーカーが作らなきゃいけないのは抜ける商品だからさ」
「抜ける商品、抜ける企画かぁ」
DVDに収録する企画は全てメーカーが考えてくれている。長年の知識や実績や流行のリサーチなどを全て取り入れ最高の一本となるように連日会議が行なわれている。時には斬新な企画もあるものの、「どれだけ売れるか、どれだけ抜けるか、どれだけの信頼を得られるか」。重きを置くところは当然そこだ。
俺達の話を聞いていた竜介が、食べ終わった弁当の容器を片付けながら言った。
「亜利馬はそういう楽しい企画がやりたいんだな」
「うーん……俺は業界のことまだ全然分かってないから、言ってるだけかもしれませんけど……。確かに変なことばっかやってたら、ブレイズのイメージダウンにもなりますもんね」
俺はともかく、綺麗でカッコ良くて人気の彼らがバラエティ番組みたいなことばかりしていたら、ファンをがっかりさせてしまうかもしれない。新しいファンが付く可能性もあるけど、代わりに古くからのファンを蔑ろにする、切り捨てるというやり方は俺だって嫌だ。
「バドミントンの動画は好評だったし、ああいうのをたまにやるのは良いと思うよ。あれは普段見せない俺達の姿を見せたから、意外性が受けたんだろうね」
ハニーミルクラテのストローを咥えて獅琉が笑った。その斜め後ろの席で潤歩が頬杖をつき、むくれた顔をしている。
「俺はもっとクールなイメージで行きてえのによ」
「大雅はどういうのやってみたい?」
「……何でもいい。決まったことなら、文句言わない」
自分てモンがねえのか、と潤歩は言ったけれど。ある意味では一番柔軟な思考というか、作り手側には有難い存在のモデルだ。
「凄いね大雅。俺も見習わないと」
「別に、俺だけじゃない。みんなそうだよ」
「そうなんですか?」
思わず他の三人に顔を向けると、獅琉が言った。
「うん。もちろんNGはそれぞれあるけど、基本的にきたオファーは断らないよ。よっぽど酷いものじゃなければね」
「酷いものって……」
「極端に体に負担がかかるものとか、犯罪ぎりぎりとか、撮影で誰かに迷惑がかかるものとか。もちろんインヘルはそんな企画出さないけどね。中にはあるんだよ、そういう悪質なメーカーというか、騙して何かさせたり、酷いことする会社がね。亜利馬、スカウトされたのがここで良かったね」
「ほ、本当です……!」
「そういうわけだから、モデルの安全をちゃんと考えてくれてる企画なら、どんなにエロくても俺はやれるかな。新しいことに挑戦するのは好きだし」
他のみんなもそれに頷いている。
新しいことに挑戦――。
「……ん!」
獅琉のその言葉が妙に心に残り、俺は自分の中で悩んでいた「それ」を山野さんに伝える決心をした。
三日後。
「俺は四人と比べてカッコよくないし、チビだし、四人のことが好きな人達にとっての需要は低いと思うので……。だったら、俺は俺のお客さんを獲得するために、俺のお客さんに喜んでもらえるように、頑張りたいと思うんです!」
「……意気込みは分かった。だがそれを実行するなら、お前が希望するような企画とはかけ離れたものになるかもしれないぞ。それでもいいのか?」
六階の面談室で山野さんと二人、話し合いはそろそろ一時間が過ぎようとしていた。俺の決意は固まっていたけど、山野さんはどうやら俺が自棄になって言っているのではと思っているらしい。
「今だけの気持ちで始めて、後から後悔するんじゃないのか。それで嫌になってやる気を失くしてもらっては困るんだが」
「大丈夫です。しばらく一人で考えて出した結論です」
テーブルの上で固く拳を握り、俺は山野さんにきっぱりと言い放った。
「俺、恥ずかしいことでも何でもやります!」
「……分かった。検討して監督と話し合っておく」
「……あ、えっと、……その、何でもって言っても、全部が全部じゃないですよ? 前に言いましたけど、女装とか男の娘とかは無理なので……」
「その路線にはしないから安心しろ。……まぁ、人によってはそれと同等の辱めと感じるかもしれないがな」
「え、……」
山野さんがニヤリと笑い、眼鏡のブリッジを持ち上げた。
そうして、次の俺の企画が決まった。仮のタイトルは「Arima@Pink」というもので、前の二作より少しポップなイメージでいくそうだ。
――好奇心旺盛な十八歳・ブレイズの亜利馬くんが次に興味を持ったのは意外な「オシゴト」で……?
「間違っちゃいないけど……」
企画書にあった概要を改めて見て、つい苦笑いしてしまった。確かにデビュー作から拘束や3P、道具での凌辱だのと続いていたわけだから、好奇心旺盛なキャラという設定はピッタリかもしれない。
「またよろしくね、亜利馬」
「はい!」
今回は久し振りに獅琉が相手役となった。新たなチャレンジに緊張するけれど、傍に仲間がいてくれるというのは凄く頼もしい。
獅琉も自分のメインDVDにブレイズの撮影もあって、更に俺の作品にも出張するのだから凄い体力だ。本人は楽しんでると言っていたけれど……竜介然り、人気になればなるほど忙しくなるのも大変だろうなと思う。
撮影当日。インヘルのスタジオに入った俺は控室で温かいお茶をもらい、緊張しながら呼ばれるのを待った。ブレイズの次作と少し被るけど今回はベッドでのシーンとは別に室内風呂を使う予定で、テーマは「ラブラブなバスタイム」。
どうせ濡れるからヘアメイクもそこまで必要がなく、ガウンのまま後は開始を待つだけ。獅琉とユージさんと一緒に談笑しながら時間を潰し、俺はまた温かいお茶をカップに注いでもらった。撮影前の「冷たいもの」は控えなければならないから、飲み物にも気を遣うのだ。
時間がきてアシスタントさんに呼ばれ、立ち上がる前に残っていたお茶を一気に飲む。獅琉がトイレから出てくるのを待って一緒に撮影フロアに行くと、早くも体がぶるっと震えた。
「わあ、可愛いバスルームだね!」
獅琉が嬉しそうな声をあげる。
目の前に用意されていたのはパステルピンクの壁紙に真っ白のバスタブ。洗い場には防水の白いソファ。バスタブの中は見事な泡風呂になっていて、もこもこの泡が浴槽縁からも溢れ出していた。
確かに、今までよりはずっとポップだ。
「楽しみ! 早く撮りたい」
早々とガウンを脱いで裸になる獅琉の隣で、俺は自分の両頬を叩き無理矢理に気合を入れた。
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