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「亜利馬、大丈夫?」
「……ごめんなさい……俺、……」
急遽用意されたマットレスの上に全裸のまま仰向けになり、獅琉にうちわで仰いでもらう俺。羞恥心が決意を上回った結果久々に鼻血が出て気絶してしまい、今も頭の中がぐるぐる回っている。
「これ以上の撮影は今日のところは無理かもね。……二階堂さん、山野さん。どうしますか?」
獅琉が隣に立った二人に顔を向けて言った。二人とも腕組みをして俺を見下ろしている。
「……ごめんなさい二階堂さん。山野さん……」
「いや、よく頑張った。謝ることはない」
二階堂さんが顎鬚を撫でて笑い、
「ああ、それに後のベッドシーンとは元々日を分けて撮る予定だったからな」
山野さんもそう言って頷いてくれた。
「………」
「そのまま少し休め。自社スタジオだから時間は気にしなくていい」
二階堂さんと山野さんがフロアの隅へと移動し、取り出した書類を捲りながら何かを話し合い始めた。
「亜利馬」
獅琉がうちわを床に置いて、俺の手を握る。――俺が泣いているのに気付いたからだ。
「そんな落ち込まなくていいんだよ。モデルの体調が第一優先なんだから」
「……でも俺、自分からやりたいって言って、企画書見た時も自分でできるって言ったんです。なのに撮影途中で気絶して、スケジュールもめちゃくちゃにして、みんなに迷惑かけて……本当に……何やってんだ、俺……」
本当は俺の放尿シーンが終わってからすぐに、獅琉と俺が射精するシーンも撮る予定だった。一番大事なシーンを撮れず、なおかつ俺の決意を受け止めてくれた山野さんの期待も裏切って……。
「……悔しいです、俺……獅琉さん。どうしたらもっと上手く行くんだろう……」
獅琉がタオルで俺の顔を拭きながら、笑った。
「亜利馬は良い子だね。それだけ真面目に取り組んでるってことだもん」
「……失敗してたら、何の意味もありません」
「そんなことないよ。亜利馬、失敗したって次に生かせばいいんだから。それに亜利馬が軽い気持ちで受けた企画じゃないってことも、みんな理解してる。そんなに自分を責めなくていいんだよ」
「………」
俺は唇を噛んで涙を拭い、ゆっくりと床に腕をついて身を起こした。
「俺、やれます」
「亜利馬?」
「続きやれます。やらしてください――」
*
俺達がしているのは「こういう仕事」だから。撮影途中でのハプニングも、それによる撮影や企画自体の中止も、それほど珍しいことではないらしい。それこそモデルの体調一つでスケジュールが変わることもあるし、途中で怖気づいた新人がそのまま出演自体を辞めてしまうパターンもある。
頑張ってもどうにもならない時もあって、今回の俺のケースもそうだった。結局俺はあの後、続きの撮影をやらせてもらえなかったのだ。
「お前の根性は認める。けど、根性だけで出来るモンじゃねえ」
今日はもう帰っていいとマンションまで送ってもらい、ソファの上で丸まっていた俺にそう言ったのは潤歩だった。まだ自分の仕事が残っていた獅琉からメールを受けたらしく、わざわざ部屋を訪ねて来てくれたのだ。
「ていうか、根性のあるモデルだからこそ次を見越して休ませる。獅琉が前に言ってた悪質なメーカーなら、モデルが鼻血出そうが気絶しようが続行させてるけどな。お前は、ていうか俺達は、会社側からしてみれば大事な商品だ。それなら言われた通りに今日は休んで、次また根性見せればいいんだ」
「……潤歩さんも、こういうことってありましたか」
ソファ前のテーブルに腰かけて俺を見ていた潤歩が、「まあな」と言って小さく笑った。
「俺なんか未だにバックウケすんの苦手だけどよ。初めの頃は下手クソな相手のモデルと喧嘩しまくって、現場でぶっ飛ばす寸前までいってたぞ。当然撮影は中止だし、怒られるし、散々だった。今こうして活動できてるのが奇跡ってくらいにな」
「……それは、潤歩さんが反省して次の撮影を頑張ったからですか?」
「三回目くらいの撮影の時によ。また相手モデルと喧嘩になった時に、……獅琉にぶっ飛ばされたんだ」
「えっ?」
潤歩がむくれた表情でそっぽを向き、煙草を咥えた。
「そんで目が覚めた。そんで、ちょっとは真面目に取り組む気になった。……そしたら意外と面白くて、本格的にやる気出したって感じ」
「……獅琉さんが」
「あいつこの仕事始める時は俺より悩んでたくせに、今じゃ誰より本気でやってる。自分がメインのVの時も、自分より相手モデルのこと気遣ってよ。多分だけど獅琉の場合、セックスを見せる仕事っていうよりも、『一本の作品を作る』って概念でやってるんだろうな。だから自分がどう動くかより、全体をどう動かしてやるかを考えてんだろ」
黙り込んだ俺の頭の中で、獅琉の声が響いた。
撮影中も、俺が倒れた時も、いつだって獅琉は優しい言葉をかけてくれていた。俺が自分の痴態を見ていられなかったあの時だって、カメラには拾われないような小さい声で、耳元に囁いてくれていた。
――大丈夫だよ亜利馬。俺がちゃんといるから。大丈夫。
「………」
「おい、おい。急に泣くんじゃねえ。泣いたガキの相手はしたくねえんだ」
テーブルに座って狼狽える潤歩に、俺は涙と鼻を拭いながら言った。
「う、う、潤歩さん……。俺、どうしたらもっとみんなみたいに、……」
「そんなモンは人それぞれだし、お前に限定して言えば慣れるしかねえ。お前今回の企画は新しいことに挑戦したくて受けたんだろ。後悔するどころか全然やる気は萎えてねえし、思ってる以上に上出来だと思うぜ。もっと前向きに考えろ」
「……前向きに」
「そうすりゃ、自然といいモノが撮れる」
今までの人生も前向きというよりは、能天気に生きてきた俺だけど。自分の「仕事」に対して前向きに考えたことなんて一度もなかったと気付く。言われたことをやっていれば褒めてもらえてお金ももらえたし、揉め事もなく自信を失うこともなかったからだ。
言われたことをやるだけなら誰でもできる。だけど多くの場合、言われたこと以上の働きをする人だけが上に登って行ける。それはAV業界でも同じなのかもしれなかった。
普通の仕事とは少し違うこの仕事だからこそ、容姿や年齢なんかより前向きさが一番の武器になるんじゃないだろうか。
潤歩が言ったそれは決して軽く考えろとか、楽観的になれという意味じゃない。
「………」
前向きに――。
きっとこれが俺の、今後モデルとして仕事をしていく上での大きなテーマだ。
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