55 / 58

ブレイズ、そこにいる5人

 本当ならば生命を創り出す神聖な行為であるはずなのに、愛し合う恋人達が体を求め合うのは普通のことなのに、どうしてセックスはいやらしいもの、とされているんだろう。  たぶん、人間の体にはその快楽が強烈すぎたんだと思う。一説によると、もしもセックスが気持ち良いものじゃなかった場合、人類はとっくに滅んでいるらしい。  その快楽が強すぎるからこそ、それを求めるあまりに恋人やパートナー以外ともこっそり体を重ねたり、セックスが商売になったり、時には犯罪になったりする。そうしてどんどん後ろめたいもの、いやらしいものとされて、何となく人に話すことさえ恥ずかしいものとされてきた。のだと、思う。 「AVの役割とは」  その日会議室に集められた俺達五人は、山野さんを待ちながらそんな話をしていた。真面目に議論しているわけじゃない。世間話程度の軽い話題だ。 「俺達の役割は何だと思う」  竜介が人差し指を立てて、誰にともなく聞いた。 「犯罪の抑止。オナニーの手伝い。コアな性癖を持つ奴らへの理解」  潤歩がそう言って、 「あとは、三大欲求の一つを満たすこと?」  獅琉がそれに付け加える。 「亜利馬はどう思う」  俺の隣に座っていた大雅が、ぼんやりとこちらに顔を向けてきた。 「ええ……何だろう。でもAVを見る人はみんな、欲求を満たしたいから見るわけだし……」 「欲求を満たしたいだけなら風俗があるだろ。今はそっちも充実してる時代なのに、わざわざAVを選ぶ理由ってのは何だと思う」  竜介が言って、俺達五人は少し考え込んだ。 「……風俗より安価だから。風俗行く勇気がない人もいるから。近くに店がないから」  獅琉が指を折りながらそれっぽい理由を挙げていく。 「後は単純に、その女優とかモデルのファンだから、ってのもあるかな?」 「考えても仕方ねえっつの。俺らこれで食ってんだし、風俗との違いだの理由だのは買う側が考えることだろ」  潤歩が頬杖をついて唇を尖らせると、大雅が「じゃあ」と呟いた。 「AVも風俗も、買う側より『売る側』の方が白い目で見られるのはどうして」 「そんなモン気にしてたらこの業界でやっていけねえだろって。言いたい奴には言わせておけばいいんだ。『棲み分け』ってモンがあるんだよ。見る奴は見る、見ない奴は見ない。テレビ番組と一緒だ」  潤歩が無理矢理まとめて、この話は終わった。  AVを選ぶ理由。たぶん人それぞれなんだろう。需要があるから作品数も膨大にあるのだし、俺なんかがメインで出してもらえてるくらいだし。  確かに潤歩の言う通り、考えても仕方ないし答えは出ないのかもしれない。大雅の疑問だってそうだ。昔よりは性に対してオープンな時代かもしれないけど、まだまだそれを仕事としている人達は日陰者とされることの方が多い。「親にもらった体を」とは言うけれど、その親だってAVの世話になっていないとは限らないのに。  需要があって、本人がやりたくてやっている仕事ならそれで良いのかなと思う。もちろんリスクを知り覚悟した上で、だ。 「難しい話をしているな。少しだが聞こえてたぞ」  会議室に入ってきた山野さんは笑っていた。俺達よりもずっと長くこの仕事をしている山野さんなら何かの答えを持っているかもしれないが、今はそれよりも仕事の話だ。 「次の企画は『職業』シリーズになる。……まあ、簡単に言えばコスプレだな」 「やった! そういうの好き。誰が何をやるかも決まってるんですか?」  獅琉が目を輝かせ、両手の指先でテーブルを叩く。 「ああ。獅琉、お前は教師だ。潤歩は警察官。大雅はサッカー選手、竜介が剣客」 「みんなカッコいい。いいですね!」  まるで学芸会の配役決めの結果を待つみたいだ。俺はドキドキしながら山野さんの顔をじっと見つめた。 「そして亜利馬は――」 「お、俺はっ?」 「………」  山野さんが眼鏡のブリッジを持ち上げ、少し気まずそうに視線を逸らす。  そして。 「亜利馬は、……ナースだ」 「……へ?」 「ぶっ!」  潤歩が思い切り噴き出し、腹を抱えて笑い出した。 「何だそりゃ! 一人だけ女装じゃん。傑作! 頑張れよ亜利馬っ!」 「ど、どうして俺だけナースなんですかっ? みんなカッコいいのに、何で俺だけネタなんですか!」 「ネタではない。真剣に話し合った結果だ」 「だって山野さん、俺が『女装は嫌だ』って言ったら、了解してくれたじゃないですか」 「女装ではない。仮装だ」 「ど、どう違うんですかっ……」  怒るよりも混乱してしまう俺を見て、獅琉が言った。 「いいじゃん、ナース可愛いよ。俺がやりたいくらい」 「じゃ、じゃあ俺は教師の方を」 「駄目だ。決定事項だ」  山野さんに一蹴され、俺は口を尖らせながらテーブルに身を伏せた。 「こちらとしても、お前に女装をさせたいわけじゃない。たまたま決まったのがそれだったというだけだ。女言葉を使う必要はないし女っぽく振る舞えとも言わない。ただその、二階堂さんが……お前に似合うだろうと、……」 「………」  ……二階堂さんの言うことなら逆らえない。俺はもちろん、山野さんも。  女の子が嫌ということじゃなくて、女装が嫌なのだ。高校の文化祭で強引に女装させられて知らない他校生にナンパされまくった俺は、文化祭後の半年間はそれをネタにからかわれ続けてきた。女装が似合うと言われると、褒められているというよりも「チビで小柄のちんちくりん」と言われているような気がしてムッとなってしまうのだ。  俺だって男なのだから、どうせなら可愛いよりもカッコいい服が着たい。 「………」 「獅琉のナースも似合いそうだけどな。ぱつぱつの尻がエロそうだ」 「でしょ。下着もレースで華奢なの穿いてさぁ」  山野さんが会議室を出て行って、一旦しばしの休憩となったが。  竜介と獅琉が盛り上がる横で俺は今もなお潤歩に笑われ、ついでに大雅に慰められていた。 「チビガキのナースとかばっちりじゃねえか。今から見るの楽しみにしとこうっと!」 「亜利馬、元気だして」 「う、うん」  もらった企画書をテーブルに広げ、見つめる。内容は俺がお医者さんの愛人という設定で病院内で絡みが一本、それから患者さんに俺が病室でご奉仕プレイをするのが一本。どうやら俺は「ビッチ」的な役柄らしい。自分から迫ったりねだったりするやつだ。 「嫌だぁ……」  溜息しか出ない俺の頭を撫でてくれたのは大雅だった。 「俺も、嫌な企画いっぱいあったけど。……やってみると意外と楽しいよ」 「……女装も?」 「うん。うさぎの耳とか、付けたことある」  可愛い。そして似合いそうだ……。思わず目を細めてほっこりしていると、反対側から潤歩が俺の背中を叩いて言った。 「『スイーツ』のレーベルと違って、男の娘とかいうヤツじゃねえし別にいいじゃねえか。デキるモデルほど色んな企画に挑戦するモンだぜ」 「でも潤歩さんがナースやれって言われたら、絶対断るでしょ」 「あのなぁ、メーカーはちゃんとそれぞれのモデルに合った企画を作ってんだよ。俺が女装しても何の需要もねえだろ。むしろ俺はお前の女装はアリだと思うぜ。やれることの幅が大きいほど評価も高くなるし、仕事もファンも増えるからな」  潤歩のそれは正論だと思うし、わがまま言っても迷惑をかけるだけだと分かっている。やるしかないけど、憂鬱だ。  獅琉が普段通りの朗らかな笑顔で言った。 「ここでさっきの話に繋がるんじゃない? AVの中でも色んなモデルと色んなジャンルがあって、見る側がどれを選ぶか自由だし、それぞれのモデルがその需要に合った供給をすればいいって話」  そんな話だったろうか。 「………」  頬杖をついて目を閉じ、ちょっとだけ企画内容を想像してみる……。

ともだちにシェアしよう!