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1 束の間の幸福

 薄紅色の絨毯の上に透明のビニールシートを敷き、一人の男は寝転がり、もう一人は胡坐を掻いて座る。彼らの真上には、桜の大木が堂々たる有様で佇んでおり、満開に咲き誇った花がついた枝を風で揺らし、彼らの上に雪のように散らしている。  寝転がっている男を見下ろしながら、胡坐を掻いている男は溜息をつきそうになった。それは、桜に包まれた男の姿が美しく、とても絵になるからだ。素直に自分の気持ちを認め、想いを通わせた今は、何も憚ることなく見惚れることができる。少し前の自分からは考えられないことなのだが。 「侑惺、俺に見惚れているのか」  視線に気付いたのか、寝転がっている男、桜庭宵娯が艶然と笑いかけてくる。同じ男だとは思えないほど、艶っぽい笑い方だ。しかし、中性的とは言え、そこに女っぽさはない。時間とともに男らしさにも磨きがかかっていくようで、目が離せなくなってしまう。 「そうだよ。ますます心配になる。大学で悪い虫がつくんじゃないかって」  めでたく恋人同士になってから、早くも三度目の春を迎えた。普通に計算したら、今年の夏でやがて三年といったところなのだが、途中離れていた期間を思えば、まだひと月かそこらの付き合いたてと同じだ。  そして、いよいよ4月から二人は大学に入学する。離れている間も連絡は取り合っていたために、彼らは同じ大学に入学することを決めた。それはもし時間が残されていないのであれば、少しでも長く一緒に過ごしたいからという二人の共通の願いからだった。  侑惺はともかく、宵娯の方は成績を心配していたのだが、かなり努力を積んでくれたらしく、難なくパスしてしまった。  もともとの頭の出来さえ違うのではないだろうかと思うほど、ぐんぐん学力を伸ばしていくので、最近では勉強の上でも良きライバルであり、互いに教え合うこともある。そんな恋人が誇らしくもあり、反面、魅力を増やされて不安でもあった。  何と言っても、宵娯を嫌っていたはずの自分でさえ、今ではどっぷりはまってしまったのだから。 「心配するな。俺は侑惺しか見ていない」 「本当?」 「ほら、おいで」  両手を広げられて、誘われるままに宵娯の上に折り重なるように横たわると、しっかりと抱き締められた。喉元に鼻を当てて吸い込むと、まるで彼が桜そのものであるように甘い香りがして、眩暈がするほど極上の気分を味わった。 「愛している。そなたは我の生きる意味そのものだ」  嬉しさと共に恥ずかしさも生じて、またそんな古めかしい言葉を使って、と笑おうと思ったのに、その時、風が強く吹き上がると、自分の口から言葉が零れていた。 「我も愛おしく思う。遥か昔より、お前以外にこんな情を向けたことはない」 「侑惺?」  宵娯の驚いた声が上がると、再び突風が吹き荒れて、桜の花びらが二人を包むように巻き上がる。その風が収まると、侑惺は我に返り、宵娯と見つめ合った。 「今、俺は一体……」  侑惺が戸惑って瞳を揺らすと、宵娯は一瞬の後、突然胸の辺りを抑えて呻き声を上げた。 「ぐっ、ぅ……」 「宵娯っ!?」  慌てて引き寄せると、彼は荒い息をつきながら額から汗を滴らせた。尋常ではない苦しみようにパニックに陥りかけた時、宵娯の体からふっと力が抜ける。 「宵娯!宵娯っ」  必死で呼びかけるのも空しく、彼は侑惺にもたれかかったまま気を失ってしまった。

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