4 / 109
第4話 指導医師の恋
「あいつ、腕はいいんだよな、愛想はないけど」
沢井は呟いた。
「また黒崎の話か? おまえ、この頃ほんっと、あいつの話ばっかしてるよな」
沢井の呟きを受けて、川上が半ばあきれたように応じた。
一日の診察が終わり、がらんとした広い待合室の長椅子に腰かけて、二人の外科医は話をしていた。
沢井はすでに帰り支度を済ませた私服姿、川上はこの日は当直に当たっているので、まだ白衣姿だ。
「天使のような顔してるくせに、ニコリとも笑わないんだからな。……まあ、そういうアンバランスさも魅力的だけど」
沢井は少しきつめの整った顔立ちを和ませて、微笑む。
川上は深々と溜息をついた。
「あいつが、おまえの好みのタイプっていうのは一目で分かるけど、研修医に手を出すのはやめたほうがいいって……」
「おまえまで、三月 先生みたいなこと言うなよ」
三月とは、二人の同僚で、沢井の元妻だった女性外科医だ。
二年前に短い結婚生活を終え、離婚した。二人のあいだには愛奈 という娘がいて、三月のほうが引き取っている。
「三月先生がそう言いたいのも分かるよ。おまえが黒崎を指導する立場だなんて、狼の前にウサギを差し出すみたいなもんだよ」
「失礼だな。運命だといってくれよ」
沢井は、きっぱりと言った。
ともだちにシェアしよう!