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第6話 まだなにも始まっていない

「分かった。オレはもうなにも言わないよ」  川上はお手上げと言うふうな仕草をしてみせる。 「サンキュ。……まあ、まだなにも始まっていないからな。黒崎はその手のことには鈍感そうだし」 「あー、それは言えてるかも。外科医師として優秀なぶん、恋愛事には無頓着そうだな」  沢井の意見に同調してから、川上は腕時計に視線を落とす。 「おっと、オレ、そろそろ行くよ」 「ああ、今夜は山本とだっけ? 当直。あいつとなら退屈しないですむだろ」 「まあな。少々、うるさいけど。とにかく急患や急変がないことを願っててくれよ。じゃ」  そう言うと、川上はスタッフステーションのあるほうへと歩いていった。  沢井も立ち上がり、関係者用の出入り口へと続く廊下へ向かった。  節電のため、照明が最小限に絞られている薄暗い廊下を、真ん中くらいまで歩いてきたとき、出入り口のところに誰かがしゃがみこんでいるのが見えた。  薄暗いうえ距離があるので、よく見えないが、とにかく具合が悪そうな感じに思えたので、沢井はその人物のもとへと走っていった。 「どうしたんですか? ……黒崎!?」  しゃがみ込んでいたのは、沢井の思い人、黒崎雅文だった。

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