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第10話優しい先輩医師
黒崎から、一週間前の事故のことを聞くと、沢井は形のいい眉をひそめた。
「おまえ、それ、警察に言ったのか?」
「いえ」
「……じゃ、相手の車の運転手の連絡先は、ちゃんと聞いたんだろうな?」
「はい。向こうがメモをくれましたから」
「それじゃ、すぐにその相手に連絡を取って――」
「でも、メモはすぐに捨ててしまったので、もうありません」
「…………」
沢井は、信じられない、という顔で黒崎を見おろした。
「おまえ、それじゃ完全に撥ねられ損じゃないか!」
「いえ。撥ねられたわけではなくて、ただ引っかけられただけで……」
「……黒崎、おまえな」
沢井は深々と、溜息をついた。
「優しいのはいいけど、そんなことじゃ、人生損ばっかするぞ?」
「優しい? 誰がですか?」
「おまえだよ。どこの世界に車に撥ねられて、大人しく引き下がるようなお人よしがいるんんだよ」
「だから、撥ねられたわけではないですし。オレも当直明けでぼんやり歩いていましたから」
「……分かった。もういいから。ゆっくり休め」
沢井は、ひどく優しい声でそう言うと黒崎の髪をそっと撫でた。
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