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第29話 二人きりの飲み会
黒崎の鼓動が、トクン、と一際大きく跳ね上がる。
「……あの、沢井先生と二人きりでですか?」
黒崎の二つ向こうのロッカーを開けて、着替え始めた沢井に訊ねた。
「そうだけど。嫌か?」
「いえ……」
トクントクンと高鳴る鼓動は呼吸を圧迫する速さで。
聞こえるはずはないのだが、その音が沢井にまで聞こえてしまいそうな気がした。
先輩医師と二人きりで食事なんて、緊張してきっとなにも喉を通らないし、困ると思う反面、沢井と二人きりでいれることに、どういうわけか心が浮き立つ自分もいる。
相反する気持ちを抱えながら、黒崎は、沢井と一緒に更衣室をあとにした。
程よく空調が効いていたいた病院から一歩外に出ると、残暑のムッとした空気に包まれた。
日中の熱気は夜になっても行き場がなく、その場に停滞しているようだ。
暦の上では秋でも、まだまだ暑い。
「おまえって、汗かかないのな、黒崎」
「そんなことありませんよ……」
実際、シャツの下は汗をかいていた。ただ顔には汗をかかない質なので、そう見えるのかもしれない。
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