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第32話 隠れ家の店で

 その店は壁という壁に絵が飾られているのだ。  水彩画から油絵、パステル画など、さまざまな作風の絵でスペースが埋められている。  これでカウンターやテーブルがなければ、まさしく画廊である。  黒崎がたくさんの絵に圧倒されていると、 「奥のテーブルへ行こうか、黒崎」  沢井に促された。 「あ、はい」  沢井の後ろについていきながら、順番に絵を見ていく。  どの作品もきちんと額に入れられて、下に作者の名前が書いてあるプレートがついているが、知っている名前はなかった。  もっとも黒崎は絵に詳しいわけではないので、自分が知らないだけかもしれないが。  そのとき、黒崎の目が一つの作品に惹きつけられた。  大きさはB5のノートくらいだろうか、淡い、パステルで描かれた猫の絵だった。  大きく真ん丸な目をした白黒ぶちの猫が、こちらを見ているなんとも愛らしい絵だ。  この猫……、似てる……。  黒崎の胸に切ない懐かしさが込み上げてくる。 「おい、黒崎? どうした?」  沢井の声にハッとする。 「あ、いえ」  立ち止まって猫の絵に見入ってしまっていたようで、沢井はすでにテーブル席についていた。

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