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第38話 彼だけに話す思い出
黒崎のお礼の言葉に、沢井は端整な顔を微笑ませた。
「じゃ給料日、今度はおまえが奢ってくれよ? 黒崎」
「あ、はい。分かりました」
沢井に次の『デート』の約束を取り付けられたとは、想像することさえせず、黒崎は几帳面に返事をした。
最終のバスはとっくに出たあとで、タクシーも拾えそうになかったので、酔い覚ましも兼ねて、駅までの道を歩くことになった。二人とも同じK線を利用している。
沢井と二人並んで、ゆっくりと歩く。
右手に感じる紙袋の重さがうれしかった。
「あの……」
気づけば黒崎は口を開いていた。めったに飲まないアルコールは、長く黒崎の中にとどまり、心地良い高揚感と開放感をあたえてくれていた。
「ん?」
沢井のほうはあれだけの量のアルコールを飲みながら、まったく酔っていないように見える。
「……オレ、もともとは獣医志望だったんです」
それは黒崎が、今まで誰にも話したことがない思い出だった。でもなぜか、沢井には聞いてもらいたくて。
「へえ?」
沢井は驚いたように切れ長の目を見開いたが、すぐにその目を眩しそうに細めた。
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