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第46話 起きない彼

 沢井の質問に、高橋教授は声をひそめて答えた。 「実はね、うちの娘が先日、怪我でここの外来に来たとき、黒崎くんに診てもらったみたいでさぁ。いや、怪我は大したことなかったんだけど、娘はどうも黒崎くんに一目惚れしたみたいなんだよ。それで、どうしても黒崎くんの写真が欲しいって頼まれてねー」  そして、ズボンのポケットからかなり高性能と思われるデジタルカメラを出した。 「学生に頼むのもなんだかねー。なんといっても私はカメラの腕には自信があるからね」 「…………」  沢井は呆れて声も出なかった。  どんなに偉い教授でも娘のわがままには勝てないらしい。 「眠ってる写真ばかりだけど、娘は喜んでくれるだろ。……それにしても君といい、黒崎くんといい、うちの外科は美形が多いねー。じゃ、あとはよろしく。沢井くん」  無責任な言葉を残すと高橋教授は鼻歌混じりに行ってしまった。  沢井は脱力してしまい文句をいう気力も出なかった。  なんとか気を取り直すと、黒崎の周りに群がるファンたちを散らすことにする。 「離れてください。それからここは病院です。携帯電話の使用はご遠慮ください。他の患者さんの迷惑になりますから。離れて!」  沢井が大声を張り上げ、その冷たい視線で睨みつけると、女性たちはすごすごと後ずさっていく。  ……それにしても、と沢井は黒崎をチラッと見た。  彼は規則正しい寝息を立てて熟睡している。  このうるさい中、よく眠っていられるな。いくら徹夜で疲れているからって。けっこう図太いというか。  とにかくこれ以上ここに黒崎を置いておくと、女性たちの視線で穴が開きそうだ。  

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