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第49話 臆病な思い人

 好きな人にキスをして、こんなふうに体を密着させていると、沢井も男である。このまま黒崎をこの場に押し倒して、すべてを手に入れたいという欲望が込み上げてくる。  でも、ふわりと触れ合わせるだけの口づけにさえ怯え、腕の中で体を強張らせている黒崎にそれ以上のことができるはずもなくて……。  沢井は腕の力を緩め、幼子をあやすように彼の背中を優しく撫でてやった。  そして彼の耳へもう一度囁きを吹き込む。 「好きなんだ……、黒崎……」  黒崎はさすがに無表情ではなく、その綺麗な顔いっぱいに戸惑いを浮かべていた。  沢井は手を伸ばして、彼のなめらかな頬へそっと触れる。  途端に黒崎の体がビクッと怯えたように震えた。 「そんなに怖がらないで……黒崎。……すぐにオレのことを好きになってくれなんて言わない。そんなの無理なことくらい分かってるから。ただ、オレの気持ちは憶えていて欲しい……」 「……沢井先生……」  そのとき沢井のPHSが鳴った。 「……はい。ああ、分かった。すぐ行く」  短く応え、PHSを切ると、沢井は黒崎の頭を撫でた。 「これから外来なんだ。おまえはもう終わりだろ? もう少しここで休んでから帰れ」  そう言い残すと、名残りを惜しむように彼の頭をもう一度撫でて、仮眠室をあとにした。

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