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第51話 揺れる心

 黒崎は今まで、常に人とは一定の距離を置き、決して近づきすぎることはしなかった。  そのほうが楽だったからだ。  だから、恋愛感情なんて言うものは、まったく未知の感情で。  好きだと言われても、好きだと気づいても……、黒崎の心はただただ不安と困惑しか感じられなかった……。  小さな溜息をつくと、黒崎は更衣室にある椅子に座った。  沢井から突然のキスと告白をされてから一週間が過ぎていた。  沢井は、あんなことなどなかったかのように、以前と変わらず黒崎に接してくるし、黒崎もまた努めて普通を装い、今までと変わらない態度で彼と接するようにはしている。  仕事が忙しいときはまだ良かった。  患者のことだけで頭はいっぱいで雑念の入る余地がないから。  だが、それ以外のとき、例えば廊下ですれ違う瞬間や目と目が合ったとき。  沢井と二人で当直のとき、特に急患も具合の悪さを訴える入院患者もいない、静かなひととき。  黒崎は無表情の仮面の下で、心が激しく揺れ動く。  あのとき沢井先生にキスをされ、好きだと言われたのは夢だったんじゃないか? ……いや、いっそのこと夢だったほうが気が楽だ。でも……。  もう沢井先生はオレのこと好きじゃなくなったのかもしれない。……それならそれでいいじゃないか? でも……。  そんなふうに気持ちは大きく揺れてしまう。  ただ一つ、はっきりしているのは、自分の気持ち。沢井を想う気持ちだけは変わらないどころか、どんどん育ち続けて……。  黒崎はもうどうすればいいのか分からなかった。 

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