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第55話 彼の降りる駅
沢井の切れ長の瞳は、黒崎の心の中のなにもかもを見透かしてしまいそうで……怖かった。
やっぱり自分には、恋愛感情というものは似合わない感情な気がしてならない。ましてや相手は同性で、職場の上司でもあるのだから。
アナウンスが流れて、ようやく電車がホームへ滑り込んできた。
二人で電車に揺られながら、黒崎は思いだしていた。
……あの飲み会の夜は、沢井先生と離れるのが寂しくてならなかったっけ。
でも、今夜は、黒崎の心は二つの感情の狭間にあった。
三つ目の沢井が降りる駅まで、早く着いて欲しい気持ちと、いつまでもこうして二人で電車に揺られていたいという気持ちの。
だが、現実的には三つ目の駅まではすぐである。
沢井が降りる駅名がアナウンスされる。
黒崎が会釈しようとしたとき、沢井に肩をつかまれた。
……え?
「降りるぞ、黒崎」
「は?」
電車は徐々に減速して、三つ目の駅に到着した。
「で、でも、あの、オレの降りる駅はまだずっと先で……」
わけが分からないまま、黒崎は訴えたが、
「いいから。ほら、扉閉まっちゃうぞ」
「さ、沢井せんせ……」
沢井に強引に腕を引かれて、黒崎は自分の降りる駅のはるか前の駅で降りることになってしまった。
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