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第58話 好きな人の部屋
沢井の部屋は603号室だった。
張り裂けんばかりの胸のときめきをポーカーフェイスで隠した黒崎が、初めて入った好きな人の部屋は、とても片付いていた。より正確に言うと、物があまりないので、散らかりようがないと言った感じである。
生活していくうえでの必要最低限の家具や家電しかないのだ。
……こういうところはオレの部屋と似ているな。
沢井との共通点を見つけ、黒崎の心が暖かくなった。
通されたリビングのソファに座り、緊張をごまかすために、
2LDKと言ってたけど、他の部屋も似たような感じなんだろうか。
そんなとりとめもないことを考えていると、奥の部屋へ行っていた沢井が戻ってきた。
そして黒崎に訊ねてくる。
「黒崎、おまえなに飲む? やっぱりビールか?」
「……え?」
「一度ウイスキーにも挑戦してみたらどうだ?」
一方的に話を進めてくる沢井に、黒崎は面食らった。
「ち、ちょっと待ってください、沢井先生」
「ん? なに? ワインとかのほうがいいなら、そこのコンビニまで買いに行ってくるけど」
「いえ、そうではなくって。……あの、オレはお酒を飲みに来たわけじゃありません」
そう、さっき沢井は、『先輩医師の言うことは聞いておいて、損はない』そんなふうに言ったではないか。
沢井はうちの病院でも一、二を争う優秀な腕を持つ医師だ。だから、彼の外科医としての経験談や心得などを聞けるものとばかり黒崎は思い込んでいた。
「難しい症例や、手術のことを教えていただきたくて……」
真面目な顔でそう言った黒崎に、沢井はなぜかがっくりと肩を落とした。
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