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第68話 安らぎのとき

 快楽の海にたゆたっていた意識がゆるゆると現実世界へ戻ってくる。  黒崎がゆっくりと瞳を開けると、すぐ傍に沢井の端整な顔があった。 「……沢井先生……」 「黒崎、大丈夫か……?」 「はい……」  ……ああ、オレ、沢井先生と……。  さっきまでの自分の痴態を思い出す。  沢井先生にあんな姿を見られたなんて……。  黒崎は恥ずかしさのあまり、どうにかなってしまいそうだった。  なのに、沢井の瞳は本当に優しく、そして少し心配そうに黒崎を見つめている。 「ごめんな、黒崎、あんなことまでするつもりはなかったのに……止まらなかった」  そう言うと、黒崎の額に唇を押し当てる。 「本当にごめん……」 「……謝らないでください、沢井先生」 「黒崎……」 「オレ……、幸せです……」  恥ずかしさをこらえて、心のままを言葉にした。  恋愛事には疎い自分が何段階もの過程を飛ばし、沢井先生に抱かれるのは、怖くもあったけれども。  でも、彼をもっと近くに感じたいと思ったのも、触れ合いたいと思ったのも、黒崎の本当の気持ちだ。  黒崎の言葉に、沢井は切れ長の瞳を見開いて驚き、やがてとてもうれしそうに微笑んだ。 「おまえの口からそんな言葉が聞けるなんて、オレのほうこそ幸せだよ……」  そう言って、強く体を抱きしめてくれた。  そのまま二人は、しばらくのあいだお互いの鼓動を感じ合っていたが、不意に沢井が思い出したように笑った。 「部長の部屋にスマホを忘れた自分を褒めてあげなきゃな」 「なんですか……? それ」  気づけば、黒崎は小さく声をあげて笑っていた。  そんな自分自身に驚く。  こんなふうに声を出して笑ったのは、いつ以来だろう?  沢井は黒崎以上に驚いたようだった。 「おまえの笑顔を見ることができて、笑い声を聞くことまでできて……、オレ、世界一幸せだよ」  大真面目にそんなことを言う沢井に、黒崎はさすがに少し恥ずかしくなって、彼の胸に小さな頭をうずめた。  沢井が何度も優しく髪を撫でてくれる。  彼の体温に包まれ、やがてトロトロと眠気が訪れる。  愛する人の腕の中で眠りに落ちていきながら、黒崎は大きな安心感を覚えていた。  黒崎はこの夜、沢井から、生まれて初めて知る幸せと安らぎをもらったのだった……。  

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