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第70話 惑乱する心

 黒崎の心は凍り付いた。  その写真は、沢井が結婚していた当時の家族写真だった。  沢井と三月が並び、三月の腕には生まれたばかりの赤ん坊が抱かれている。  黒崎の目から見れば、それは幸せそのものの写真だった。  沢井が過去、三月と結婚していて、離婚したということは知っていた。  でもそれは、完全な過去のことだと思っていたし、事実、現在の沢井と三月のあいだには親密な雰囲気などまったくない。  でも、と、黒崎は凍り付いてしまった心の中、疑心暗鬼に陥る。  過去のことではなかった? 沢井先生には未練がある……?    ……黒崎がその写真を見てしまったのは、本当に不幸な偶然だった。  もし黒崎に少しでも恋愛経験があったならば、過去の写真の一枚に、それほどの衝撃は受けなかっただろう。  けれど、その写真を過ぎ去った過去と流してしまうには、黒崎はあまりにも無垢で、幼かった。  自分の心をぐちゃくちゃに乱して、そのくせ元家族の写真を未練がましく持っている……黒崎の目には、そんなふうにしか映らなかったのだ。……真実がまったく違うところにあるなどとは考えることさえできずに。  昨夜が幸せすぎた分、そこから突き落とされた気持ちも強かった。  突然、黒崎はひどいめまいと吐き気に襲われ、言うことを聞かない体を引きずるようにして、寝室を出ると、洗面所へ駆け込んだ。  洗面台に顔を突っ込むようにして、胃の中のものと一緒に、ドロドロとした気持ちも、女々しい自分も、すべてを吐き出してしまおうとした。  だが、前日の夕方から何も食べていない胃は空っぽで。  それでも突き上げてくる痛みと吐き気に胃液だけが逆流してくる。  しばらくそのまま洗面台に寄り掛かるようにしていると、徐々に痛みと吐き気は引いて行った。  黒崎は水道をひねると、勢いよく流れ出る水で口をゆすいでから、顔を洗った。  黒崎が受けた衝撃は、彼の中に芽生え始めていた柔らかさを粉々に砕いてしまった。  流れ出る水をとめて黒崎が目にしたのは、鏡に映るゾッとするほど冷たい瞳をした自分だった……。

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