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第71話 悲しき豹変

 その日の夕方近くになって、病院へ現れた黒崎を見て、その場にいる誰もが息を呑んだ。  真っ青を通り越して色を失くした顔。愛らしい美貌は、ポーカーフェイスどころか表情というものが消えてしまっている。  黒崎はまるで、心をどこかに忘れてきてしまったかのようだった。  そんな彼を見て、一番衝撃を受けたのは、勿論沢井だ。  なにがなんだか分からなかった。  今朝、沢井が出かけるときに声をかけたら、黒崎は半分眠りながらも甘い声で、「いってらっしゃい」と言ってくれたのに。  なにより、昨夜、二人は愛し合い、彼は沢井の腕の中で愛くるしい笑顔を見せてくれたではないか。  いったいなにがあった……? 「黒崎、おまえ……」  沢井は茫然と彼を呼んだが、黒崎は沢井の声どころか存在にさえ気づいていないように、横を通り抜けると、自分の席に着いた。 「黒崎くん、今日はお休みなんじゃ……」  凍り付いたその場の空気を溶かすように、研修医仲間の小野が遠慮がちに問いかける。 「忙しいんだ。休んでいる暇なんかない」  黒崎は素っ気なく答えると、パソコンに向かい、キーボードを叩き始めた。  黒崎の柔らかな髪が屋上の風にあおられて、小さな顔の上にかかる。  それを少し鬱陶しそうにかき上げ、 「なにか用ですか? 沢井先生」  ほとんど抑揚のない声で、言い放つ彼。 「黒崎、おまえ体、大丈夫なのか?」 「……大丈夫です」  仕事が落ち着き、沢井が黒崎を屋上へ呼び出すことができたのは、もう夕日が沈んでしまった頃だった。  黒崎の豹変の理由は分からないままだったが、とにかく彼の体が心配だった。 「おまえどうして休んでいないんだ? そんなひどい顔色して……。辛いだろ?」  昨夜の初めての情交は、彼の体にかなりの負担になったはずで、多分立っているのもしんどい状態のはずだ。

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