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第72話 皮肉な運命
心配する沢井に、黒崎は表情が消えた顔のまま応える。
「別にどうってことありません」
「黒崎、おまえいったい――」
沢井の問いかけは、黒崎の冷たい声で遮られた。
「昨夜のことはすべて忘れます」
「え……?」
「オレは女じゃありませんから、責任とれとか、そんなことも言いませんから」
「黒崎!? おまえなにを言ってるんだ!? なにがあった? 黒崎。どうして、そんなふうに……」
「沢井先生」
次の瞬間、完全な無表情だった彼の顔に、ようやく表情らしきものが現れた。しかし、それは、氷のような冷笑で……。
「誰かを口説く前に、写真くらい処分しといたらどうですか? それとも処分することもできないくらい大切な写真なんですか……?」
「……?」
沢井にはなんのことだか本当に分からなかったのだが、黒崎は沢井の沈黙をどう受け取ったのか、刹那とても悲しそうな表情をした。……すぐにまた冷笑に戻ってしまったが。
「沢井先生、そんなに未練があるなら、三月先生と寄りを戻したらどうですか?」
「な……!?」
沢井は愕然とした。
彼の言葉から察するに、写真というのは三月とのものらしい。
だが、沢井は頭が混乱していたため、そこまで聞いても、黒崎がどんな写真を見たのか推察することはできなかった。
……黒崎があれほど衝撃を受けた写真は、沢井にとってはその程度のものでしかなかったのだ。
それは運命のいたずらとでも言うべき、皮肉な出来事だった。
黒崎にとっても、沢井にとっても……。
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