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第74話 運命の糸はどこへ……

 夜、マンションに帰りついてから、沢井は黒崎の言う写真を見つけた。  医学書の一冊がわずかに横にずれていたので、気づくことができた。  その医学書に挟まっていた一枚の写真が、黒崎の心を深く傷つけ、沢井のことを遠ざける原因となったのだ。  ……写真は娘が生まれたばかりの頃のもので、もう五年近くも前のものだった。  沢井本人は、写真が医学書に挟まれていたことなど、すっかり忘れていたが、黒崎がこれを見つけてしまったときに受けただろうショックを思うと、胸がつぶれるように痛い。  黒崎にしてみれば、沢井はたくさんの愛の言葉を囁き、体を手に入れたくせに、裏では別れた家族に未練を残している、そんなふうに映ったのだろう。  昨夜、沢井の腕の中で、「幸せです」と言った黒崎の笑顔を思い出す。  きっと黒崎は、オレ以上に苦しんでいる……誤解をしたままで。  本当になんて皮肉なんだ、と沢井は重い溜息をついた。  ……沢井と三月の離婚はさまざまな要因があったが、三月は沢井の父性の乏しさをも断罪した。  彼女の友人たちの夫は皆、子煩悩なのに、沢井は冷たいと三月は言ったのだった。  現在は養育費を払い、月に一度、娘と会うという取り決めになっているが、それも仕事が忙しくて、会えないことも多い。それでも特に寂しいと思わない沢井は、やはり冷たいのだろう。  いつ、どんなふうにしてまぎれこんだかも分からない写真が、ようやく通じ合った思いを粉々に砕いてしまった。  なんとしても誤解を解かなければ……。  憔悴しきった頭でそう思う沢井だった。    ――沢井は黒崎に出会うまで、深い恋慕の思いも強い執着も覚えたことがなかった。  もし、運命の相手というのがいるのならば、沢井にとって、黒崎はその相手と言えた。  そして、おそらく黒崎にとっての運命の相手も沢井だったのだろう。  だからこそ、黒崎はひどく傷つき、再び心を閉ざすまでになってしまったのだ。  砕け散った運命の糸は、この先どうなっていくのだろうか――――。

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