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第78話 お互いの気持ち
沢井と川上の上に沈黙が降りてくる。
居酒屋の喧騒がやけに大きく耳に届いた。
やがて、沈黙を破ったのは川上だった。
「……で、おまえどうするつもりなんだ? 黒崎は話をするチャンスもくれないんだろう?」
「今度、オレと黒崎の休みが一緒になる日に、連絡なしで、あいつのマンションを訪ねてみようと思ってる」
「有無を言わせず、話し合いに持ち込もうってわけか」
苦笑する川上に、
「ああ、それしか手がないからな」
沢井は強い意志を切れ長の瞳に浮かべた。
ガタンッと大きく電車が揺れて、黒崎は目を覚ました。
やばっ……、ここどこだ?
連日の激務に加えて、昨夜から今夜にかけては丸一日働きづめだったせいで、電車に乗り、座った途端に眠り込んでしまったようだ。
慌てて周りを確認すると、黒崎が降りる駅はとっくにすぐ去り、あと少しで終点の上岩木駅である。
黒崎は少し逡巡したが、そのまま終点まで乗ってしまうことにした。
上岩木駅は様々な線が行き交う大きなターミナル駅で、駅周辺はこのあたりでは一番賑やかな繁華街だ。
黒崎は人ごみも、賑やかな場所も苦手である。
だから、普段なら、そんな駅で降りようなどとは思いもしないのだが、そのとき黒崎は非日常に身を置いてでも、気を紛らわしたい衝動に駆られた。
心に隙間ができると、沢井のことを考えてしまう。
季節は一つ移ろい、時間は確実に過ぎていくのに、黒崎の沢井への恋心は、大きくなるばかりで……そんな自分が惨めだった。
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