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第79話 悪夢の始まり

 終点に着くと、どこから湧いてきたのか、ものすごい人で、黒崎はほとんど人波に流されるように、気づけば外に出ていた。  冬の冷たい風が髪を乱す。  時刻は九時を過ぎたばかりで、繁華街はこれからもっと人であふれてくるのだろう。  黒崎はどこへ行くともなしに歩きだした。  こんな時間にこんな場所を歩くのは初めてのことだ。  大学生の頃は合コンや飲み会などとは無縁の生活を送っていた。  源氏ケ丘大学付属病院に研修医として勤め出してからも、飲みに行ったのは片手であまるくらいしかない。  黒崎は居酒屋『画廊』のことを思い出した。  沢井が黒崎の怪我の全快祝いにと二人きりの飲み会をしてくれた。そして、贈られたパンダによく似た猫の絵。  胸が痛んだ。  沢井のことを未練がましいと言ったが、それは自分のほうも同じだと、自嘲気味に思う。  黒崎は彼に贈られた絵を、捨てることができずに、いまだに一番のお気に入りの場所に大切に飾っているのだから。  絵に罪はない……、そんな言い訳で自分を騙して……。  人ごみの中にいると、気が紛れるかと思ったが、だめだった。なにを見ても、なにを聞いても、そこから関連して沢井のことを考えてしまう。  ……もう帰ろう……。  人の多さに頭が痛くなってきたこともあり、黒崎はきびすを返すと、今来た駅のほうへと歩きだした。  遊びに繰り出す人々の群れに逆らうように黒崎が歩いていると、すれ違いざまに三人連れの男たちに名前を呼ばれた。

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