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第80話 苦手とする知人たち
「黒崎?」
「えっ?」
黒崎はびっくりして、声のしたほうを見る。
声の発信源の三人連れの男たちは、黒崎と同年代で、すでにかなりアルコールが入っている様子だった。
三人は黒崎のことをよく知っているみたいだが、黒崎は三人が誰なのか分からなかった。
「黒崎、憶えてねえ? ほら大学のとき、よくおまえにノートを貸してもらって、お世話になったんだよ、オレたち」
「……あ」
そう言われて、ようやく黒崎の記憶の中に、彼らの姿が現れた。
でも、彼らは親しかった相手では決してない。
だいたい、黒崎は大学時代、友人はまったく持たなかったし、目の前の彼らに至っては、試験前になるたび、拝むようにしてノートを借りて行くやつらがいるな、というくらいの認識しかしていなかった。
だから、当然のごとく名前を思い出すことはできなかった。
「思いだしてくれた? オレたち、左からウラワ、タダマ、オモテリだよ。黒崎はまた美形が増したなー。モテるだろー」
「そういや、おまえ、医者になったって聞いたけど。国家試験に合格したんだー。すげえな」
「なーなー、今はどこの病院で働いてんだ?」
三人は次々と親しげに話しかけてきて、黒崎は戸惑いながら答えた。
「源氏ケ丘大学附属病院……」
「えっ? あのでっけー総合病院?」
「すっげー、ちょーエリートコースじゃね?」
声をそろえて大騒ぎする彼らに黒崎は眉をひそめる。こういういった雰囲気は黒崎が一番苦手とするものだ。
「おまえは大学時代から優秀だったからな、オレたちなんか、三年留年して、今はしがないフリーターだよ」
そんなふうに言う割には、三人とも高そうな服を身に着けているが。
なんにせよ、黒崎にとっては彼らは友人ではないし、長々と昔話に興じたい相手でもなかった。
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