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第88話 傷ついた心と体

 もう手は縛られていないということに、黒崎が気づいたのは、数分経ってからだった。  長時間拘束されていた腕は完全に感覚がなくなっている。  しびれている両手をゆっくりと動かして、強張りを解いていき、少し自由がきくようになった手で目隠しを外す。  黒崎が放り出された場所は、まったく見知らぬ街だった。  人通りのない静かな道で、周りに住宅がまばらにあるだけの寂しいところだ。  体中が痛みに悲鳴を上げるのを耐えて、なんとか立ち上がると、黒崎はフラフラと歩き始めた。  おぼつかない足取りで十五分くらい歩いただろうか。それなりに賑やかな通りに出ることができた。  とまっていたタクシーへ倒れ込むようにして乗り込むと、自分のマンションの住所を運転手に告げる。  タクシーは、傷ついた体と心を抱えた黒崎を乗せて、深夜の街を静かに走り出した……。  タクシーが黒崎のマンションへ着き、料金を払うとき、ふと財布の中のお金やカードが盗まれているのではないかと不安になったが、それは杞憂に済んだ。  あのケダモノたちはお金には困っていないのだろう。  黒崎は一万円札を出すと、お釣りを渡そうとする運転手を無視して、マンションの中へ入った。  黒崎の部屋は二階だ。いつもはなんてことない階段が、ひどく辛く長い。  ようやく部屋の前に着くと、震える指で鍵を開け、ドアの中へと倒れ込む。後ろでドアが閉まる音が聞こえた。  自分の部屋へ帰ってきた安心感と、ひどい心身の疲れのため、その場へ倒れ込んだまま動けなかった。  自分を守るように体を丸くして、黒崎はすべての感情を手放す。  暗く遠ざかっていく意識の中で、沢井の優しい笑顔が浮かんで、消えた……。

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