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第107話 親友の胸の内

 川上と沢井の目が合った。  途端に、沢井のほうも固まってしまった。  大人の男二人がポカッと口を開けて、フリーズしている姿は、第三者が見ていればさぞや滑稽に映ったことだろう。  奇妙な沈黙が何秒か続き、その沈黙を破ったのは、黒崎だった。 「……おかえりなさい。……沢井先生」  黒崎の冷静な声に、ようやく二人の金縛りが解ける。 「あ、ああ。ただいま、……黒崎。……川上、来てたんだ?」 「来てだけど。お邪魔だったかなー?」  いや、別に嫌味を言ってるわけじゃないんだけど。でもねー。 「そんなことないよ。……でも、そうだな、川上、ちょっと外出ようか。近くに美味しいコーヒーを飲ませる店ができたんだ。おまえコーヒー党だろ?」  沢井は苦笑しながら川上にそう言うと、続いて黒崎に声をかけた。 「Tongaに行ってくるよ。おみやげにあそこのチョコレート買ってくるから」  沢井の言葉を受け、黒崎のポーカーフェイスがみるみるほころんでいく。……が、川上の存在に気づき、慌ててそっぽを向いた。  川上は度肝を抜かれるくらい驚いた。  本当に一瞬だったが、黒崎が笑ったのを見たのだ。  あの無表情で愛想の欠片もない黒崎が、あんな顔をするなんて……。  初めて見る黒崎の笑顔は、まさしく天使のような、と形容するのがふさわしい愛くるしさで……。  彼女もいて、まったくのノン気の川上でさえ、クラリとするくらい、魅力的だった。 「じゃ、ちょっと行ってくるから」 「行ってらっしゃい、和浩(かずひろ)さ――」  今度は黒崎が口を滑らせたようで、慌てて口に手を当てている。  ……雅文に和浩さんかよ。  オレの知らないうちに、この二人すっかりラブラブじゃねーか。  ずっと親友と黒崎のことを心配していた川上は、なんだかとてもあほらしい気持ちになっていた。           *  。

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