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第4話
「……いってぇ……」
朝起きると、ひどい頭痛に襲われ、目がくらんだ。ぼーっとしていると、母親の呼ぶ声が何度も響く。痛む頭を抱えながらベッドを降り、階段を下りる途中、最後の段でつまずき、危うく転びそうになった。
「陽平!お母さん、今日用事あるからもう出るわよ!ご飯食べて、ちゃんと学校行くのよ!」
「俺……」
「じゃあね、いってきます!」
バタンと音を立てて、慌ただしく玄関の扉が閉まる。母親はそのまま出かけてしまった。
仕方なく朝食の席につくが、食欲はわかない。
父親はもうとっくに会社へ行ったし、小学生の弟はたしか今日は遠足だったはずだ。長女は一人暮らし中だからいない。
家の中には、俺ひとりだけだった。
誰にも今の体調を言えないのが、妙に堪えた。
――それなのに、どうして人ってこういうときに限って、頑張ろうとか思って学校に行っちゃうんだろう。
俺は朝食にラップをかけて冷蔵庫に入れ、飲み物だけ飲んで家を出た。
学校までは徒歩十五分。いつもなら遠く感じない道のりなのに、今日はやけに長くてしんどい。
風邪だろうか。額に手を当てると熱い。でも、手も熱いからよくわからない。
途中、何度かへたりと地べたにしゃがみ込みながらも、なんとか学校にたどり着いた。
「はよ」
「おはよー陽平。……あれ?なんか具合悪そうじゃね?」
「おう、頭痛ぇ」
「マジかよ。なんで学校来たんだよ、バカじゃん」
「……なんでだろ」
「保健室行けよ?」
「……そうする。担任に言っといて」
クラスメイトにそう言い残して、俺は保健室へ向かった。
この調子じゃ、少し寝たら早退だな。
来た意味、ないじゃん。
ふらふらと足を引きずりながら、ようやく保健室にたどり着く。
長い道のりだった。意識が遠のきそうで、吐き気すらする。
「せんせ……」
ガラッと扉を開けた。
「ああっ!や、……はるき、ぃ!!」
「はやいんだよ、お前っ」
「だって、ああっ……春樹がっ」
──耳を疑った。
薄いカーテンの向こうから聞こえる、先輩の声と知らない男の声。
保健の先生はいないようだった。
「春樹、好き……」
「ん、俺も」
その声が、先輩の名前を、下の名前を……惜しげもなく呼ぶ。
先輩はそれに、優しく甘い声で応えた。
すうっと頭が冷めていく。
先輩の“一番”は、きっとたくさんいるんだろう。
俺だけじゃなかったんだ。
嘘だったんだ。
でも、女だけだと思っていた先輩の浮気相手は、男もいた。
先輩は、俺以外の男は無理だと思っていたのに。
せめて、男の中なら、男の中だけでも、一番だと思っていたのに。
「俺は、いらない……」
扉を閉めることもできず、俺はその場から走り去った。
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