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第5話

「はあ、あ、っ……や、ば……」 息を切らしながら、廊下をがむしゃらに走った。 階段を何段も駆け上がって、自分にまだそんな体力が残っていたことに少し驚く。 どうやら、ここはA塔らしい。 実験室や実習室ばかりで、普通教室のない方の棟だ。 人がほとんどいない。 ――丁度いい。今の俺には、それが救いだった。 適当に歩き回ったあと、階段の途中に座り込む。 途端に寒気がして、体が本格的にきつくなってきた。 吐きそうだ。 だらんと背中をでこぼこの階段に預けた。 ごつごつして痛いのに、それすらどうでもよくなる。 額に手を当てると、体が冷えているせいで、頭の熱さが余計によくわかった。 「陽平!!」 「っ!」 ビクリと体を震わせる。 階段の上──先輩の姿を見つけた。 慌てて立ち上がろうとしたが、先輩の早さと、俺の鈍さじゃ勝負にならない。 すぐに距離を詰められる。 「陽平、」 「やだ!!」 先輩の手を、反射的に叩き落とした。 「陽平、聞け」 「や、先輩、やだ!どっか行って!」 「陽平」 「もうやだ、限界……なんなんですか。俺じゃなくてもいいんじゃないですか。やだ、先輩なんか……!」 涙で顔をぐしゃぐしゃにして、叫ぶ。 そんな俺を、先輩は否応なく抱きしめた。 「だ、やだ!!やめてください!!」 逃れようと胸を押す。けれど、力が入らない。 「落ち着け、陽平」 「俺は……俺だけを愛してほしい!!」 「陽平、」 「俺は名前も呼べないのに……一緒に帰ることもできないのに……!先輩が何考えてるか、全然わかんない……!」 ぎゅっと、力強く抱きしめられる。 その腕の中で、涙が止めどなくこぼれた。 「一番好きだ。お前が一番好きだから」 「嘘だ……わかってる。先輩の“一番”は、いっぱいいるんだ。俺、知ってる」 「いない。お前だけだ。お前だけが好きだから」 「じゃあ、なんで!!!なんでだよ!!意味わかんない……!」 「……それは――」 「言えないんじゃん!!もういいから、放してください!俺、もう……」 「熱、あるだろ!!」 「先輩のせいだよ!! もうやだ……全部、先輩のせいだよ!!」

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