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第1章ZENN 2
「ウチのインディーズの新人。MOON、てバンドのギターで、マリア、っていうんだ。」
自分のことを紹介してくれるのにZENNがこんなに上機嫌なのが、マリアには信じられなかった。
厳密に言えば、マリア達はまだ契約は交わしていない。
ほぼ内定はしているが、ギルティーの「事務上の都合」とやらで契約書の作成が遅れ、そのお詫びにと、なんとZENN自らがマリア達のライヴに出向き、
その帰りにマリアだけをここに連れて来てくれたのだった。
「マリアちゃんといっても、男の人だよね?」
芸術家というより、マッド・サイエンティストといった雰囲気の半沢が話に加わってきた。
「はい。本名は松岡優輔といいます。」
しっとりとした低めの声でマリアが答えると、
「優輔がマリアか。こいつはいいや。」
「僕がつけたんだ。いい名前だろう? 」
酒に強いZENNがシャンパン一口で酔ったわけでもないだろうが、饒舌になりそうな気配だった。
「で、どんな曲やってるバンドなの? 」
ようやく腰を下ろすと、半沢が興味深げに尋ねてきた。
「そうだな、透明感にひそむ狂気ってとこかな? ルーツはパンクかな。とにかく個性的なんだ。彼が僕と同じでずっとクラシックやってたから、音楽性の幅も広いって感じ。」
ZENNにこんな風に言ってもらえるのが嬉しかった。
「ピアノやってたの? 」
「いいえ。俺はバイオリンです。」
「それじゃあZENN君のピアノみたいにライヴでも弾いてるの? 」
「いえ、とてもそこまでは…」
ギルティーとこのまま契約してレコーディングに入れれば、アルバムの二曲でバイオリンは使うつもりでいたが、今やっている二〇〇人程度のライヴハウスの激しいライヴでは、とても無理だった。
マリアはあらためてZENNとの距離を感じ、自分が場違いなところにいると思い知らされた。しかし、すぐにここにふさわしくなってやると自分に言い聞かせなければと思った。すると、ZENNの意外な一言にマリアは励まされた。
「おっと、マリア、それ以上は言っちゃだめだよ。いくら半沢さんでも…」
マリアは自分の側の人間と、ZENNはもうすっかり思っているようなのだ。
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