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第2話の1(←マリアの君のいつもの部屋)

 喉の渇きで目が覚めると、いつもの部屋だった。午後の光があふれてはいるものの、薄汚れた古臭い壁紙の、六畳間。  顔が、ヒリヒリする。メークも落とさずに眠ってしまっていたのだった。それでも、大事な黒のドレスは脱いでいた。  マリアはその辺にあったTシャツとジーンズを着ると、水を飲み、小さな流し台にかがみこんで顔を洗い始めた。タオルを使うと、目の前の、黒のプラスティックの縁取りの小さな鏡を見た。別にいつもと変わりない。それがなぜか不満に思えた。念のため、キスマークでも残ってはいないかと首すじも見た…そんな自分が情けなくなって、マリアは思わずうずくまった。昨夜の痕跡を探さずにはいられないなんて…  まだ、昨夜の出来事をどうとらえたらいいものか、わからなかった。混乱していた。  そのくせ口許はほころびそうになる。あの、ZENNともあろう人に、どんな形であれ選ばれたということに。  マリアは他のメンバーと違って、師と仰ぐミュージシャンを持っていなかったし、ZENNはドラマーだったから、対象外もいいところだった。ただ、彼とROSEの偉大さはよくわかっていた。うらやましかった。共感を覚える点も多かった。ビジュアルまで過激にして「自分達を知らない人の目を引く」「ファンを喜ばせる」なんていうコンセプトは特に、だった。それは、いつしかつまらないきまりごとが多くなり過ぎた日本のロック界に対する反逆だったから。  その総本山が、東京ドームを何日も満杯にする男が、昨夜は自分を求めてきたのだ。お笑いだった。ライヴハウスを這いずりまわっている小僧を、あのZENN様が…これまで自分を求めてきた女たち、男たちとは比べものにならない、いや、奇跡のような大物だとマリアは思った。そしてその彼が自分に吐いたのは挑発するような言葉。さらに、「ナルシストな」彼が自分のようだと認めたのだ。 (絶対にあの人を越えてやる。ひざまづかせてやる。) 自分に、MOONにできるのか? とは考えなかった。とにかくチャンスは掴んだのだ。あとはやるしかない。   しかし、次の瞬間マリアを絶望的にしたのが、ZENNの邪気というもののまったくない優しい笑顔と人を引きつけるオーラだった。 (今の俺に、あれはない。…でも、だったら盗んでやる。できるだけ、近くにいくチャンスを作って…) そのためなら、また昨夜のようなことになってもかまわないとさえ思った。  しかしそこまで考えて、マリアは不快になった。これこそ、ZENNの言っていた「肉を斬らせて骨を断つ」じゃないか…すべてがZENNに見通されているようで嫌だった。  マルボロの一本をいつものように口にくわえ、火をつけた。それから、ZENNもマルボロだったことを思い出して、いまいましく揉み消した。

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