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第2話の7(←マリアの君の亡父の思い出)
あくまでこちらの意志だから、というのである。ZENNの名を出されて身をひき締めた五人だったが、CUEが小さな声で、サインするよな? とみんなに尋ね、全員うなずいたところで、代表して仁に答えた。
「今日、サインしていきます。」
「そう。みんなそれでいいですか? 」
真新しい会議用のテーブルの上で、みんなはカリカリと自分の名を刻んだ。森口幹広、松岡優輔、柴山信之、岩本久、高嶺晴寿、と。
それからは、事務所のないMOONのマネジメントも担当するというギルティーのディレクターを交えての、今後の打ち合わせとなった。
見せられたスケジュール案に、みんなは驚き、喜んだ。
三週間の「CDの」レコーディング。そのアルバムのジャケットのための写真撮影。東北、九州までを含む数ヵ所のライヴ・ツアー…ファイナルはキャパシティが八〇〇人ほどの、老舗のライヴハウスのワンマン、である。「できるのか? 」ではなく、「やるしかない」のだ。それが、五人を燃え立たせる。レコーディングのスタジオにも連れて行ってもらい、機材の大まかなチェックもさせてもらった。
契約して、CDが出せることを喜びながらも、帰りの車の中でシヴァがぽつりと言った。
「仁さん、てZENNさんと違って、厳しいおさえ役って感じだね。ZENNさんの夢のために、現実面を固める、みたいな。」
「いざって時は憎まれ役にもなるんだな。」
タカネの言葉にマリアもうなずいた。ギルティー帝国の現実を思い知らされた気がした。
しかし、その夜には、マリアはCUEに電話をし、例の、亡父の仲間のプロデューサー・江波の連絡先を尋ねていたのである。
―教えるのいいけど、どうしたの?
先日のケンカを思い出したのだろう。CUEは怪訝そうな声で尋ねてくる。暖かい家庭で育ち、金銭的な問題からとはいえいまだに実家にいる彼には見当もつかないのだろうとマリアは思った。
―…親父の話を聞きたくて…
―…ごめん。そうだよな。バイトが休みの日だったら、俺、車出そうか?
―いやあ、いいよ。どうして? もう契約したんだから、それをエサに向こうの言いなりになんて…
―そんなんじゃないよ、もう…
江波がギター、マリアの父である佐伯健介がキーボードとして在籍していたのが、日本のロックの源流の一つといわれる「グッドストック」というバンドだった。元のメンバーはみな、今だに音楽界の重鎮として活躍している。マリアの父も、レコーディングで行ったロンドンで、三十七才の若さで交通事故で亡くなるまでは売れっ子プロデューサーとして駆けまわっていたという。両親はマリアが二才の時に離婚していたし、マリアがものごころついて父に会ったのは十歳の時、父の死の直前だったから、父の業績は音楽雑誌で読んだ範囲でしか知らない。
オフィス街にありがちな、時間が止まったようなティールームで、マリアとCUEは確かに目立ったと思う。長身のロッカー二人…CUEはマリアより更に四センチ背が高く、短いとはいえ金髪だったから…しかし、その二人に合図してきた江波は、間違わずにマリアに声をかけてきた。
「君が松岡君だろ? 」
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