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第3話の5(←マリアの君の厳しい現実)
バイト先のビデオ屋の隣にある、小さな化粧品店の店員。三つ年上の二十四才。服は流行のものをセンスよく着こなしてはいるけれど、浮わついたところなんてこれっぽっちもない、年齢以上に落ち着いた清楚な美人…YOUもライヴの時のメーク用品は全部ここで買い、バンドをやってることをアピールしたりして話もするのだが、思いが募り過ぎているのか、らしくもなく攻めあぐねていた。
ロックに全く興味を示してくれない普通の女性の気をひくには、YOUはあまりに多忙で、かつ、貧しすぎた。
練習や曲作りばかりでなく、ポスターやチラシ作り、デモテープのレコーディングにも時間と金はかかる。ライヴもバイトのシフトを無理やりずらしてもらって、客の入りのいい土日にやっている。彼女の店は日曜が定休だった。
そのうえ、YOUはバンド中でただ一人、実家を出ての一人暮らしだったから生活が苦しかった。長髪のバンド野郎ができるバイトも本当に限られていた。給料の安いビデオ屋とかスタジオか、きつい仕事…バンド以外のことに使ってもいいと思える金は一銭もなかった。いや、本当は通帳の残高はかなりあった。家を出る時に、見かねた母親が亡父の遺産を持たせてくれたからである。
「お母さんからじゃなくて、お父さんからだと思えば…嫌じゃないでしょ? 」
違うんだ母さん、俺はあなたを嫌っているわけじゃない。ただ、あなたが書斎にこもりっぱなしなのは、翻訳の仕事に没頭したいのは、俺から逃げたいからじゃないかと思うんだ…その大金を崩さぬようにと短期のバイトのかけ持ちもしていた。バンドのまとまった金というとそれしかなく、それでCDを出せないかと思っていたからだ。それでも少しずつ金は消えて行ったし、そのうちCDを売る労力を考えると、メンバーとローディーだけでは無理で、ある程度のインディー・レーベルと契約できないものかという方向に最近変わりつつあった。バンドに関する問題は山のようにあった。それなのに他の四人はいつものようにおしゃべりだった。
「ねえねえ、さっき出口に立ってたYOUのコスプレ、見た? 」
「カッコだけじゃなくて顔まで似てるよね。」
「あの子が第一号だったっけ? 」
それが気に触って、YOUは勢い良くグラスを空けていた。あの老舗で、そして今日、自分の演奏はとんでもなくまずく、コスプレなんて連れてちゃらちゃらしている状態ではなかった。自己嫌悪。気がつけば、公衆電話の前で話しかけてきた、顔だけはよく見る女の子と、違う店で飲む約束をしていた。対バンやメンバーにひんしゅくをかっているのもかまわぬくらいYOUはやけになっていて、女とべたべたしながら店を出た。と、店の外で待っていたらしいコスプレが駆け寄って来た。
「YOUさん、はい。」
栄養ドリンクが入っているらしい薬局の紙袋を手渡された。
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