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第3話の8◆父のいない彼女とマリアの君

 驚いたようにきき返す由真に、YOUもきちんと答えた。二才で両親が離婚して、十才の時に父が客死したこと。 「お父さんの顔、覚えてる?」 「うん…一回会ったきりだけどね、父親にも虫の知らせでもあったのかなあ。ロンドンに出発する前にね。」 「ミュージシャンなら、カッコいいお父さんでしょう?YOUさん、似てるの? 」 「ううん。似てもいないし。こんな人なんだ、って思っただけだったな。まだ俺もガキだったからさ。」  半分は嘘だった。がっちりした体格で、想像以上にカッコよかったお父さん。母の代わりに付き添ってくれた母の秘書の田所さんがドキドキしていたのが子供心にも納得できた。その父に優しく話しかけられ、一緒に食事をし、オモチャを買ってもらい、また会おうと約束した、あの満ち足りた一日を、この子に話すのはしのびなかったのだ。 「YOUさんがバンドを始めたのも、お父さんの影響?」 「ううん、それはあまり意識したことない。ただロックが好きだったから。」  疲れがどっと出てきていた。 「続きは横になってからにしようか。」  由真はとまどっているようだったが、それには気づかないふりをしてYOUはテーブルを片付け、自分が寝るスペースを作り始めた。由真がベッドの上にあがって、自分のとそっくりなパールのネックレスを外しにかかっているのが、なんだかおかしかった。視線を感じた彼女に困ったように見上げられる。 「いや、そのネックレスも…」 「似てる? すっごく探したんだから。」 声がうわずっているのが何だか気になった。寝る体勢になっても、彼女はもじもじして横にならない。 「どうしたの? 」 「ファンデーションが、枕についちゃうなと思って…」 「ああ、メーク落としなよ。」 クレンジングを貸してやりながら、普通、男がこんなもの持ってないよな、と二人で笑った。 「それじゃおやすみ。」 明かりを消すと、YOUはベッドの下に寝転がった。話題に困っていると彼女の方から、 「YOUさんの明日の予定は? 」 「そうだなあ、午前中は曲作って、午後からはバイト。」 「忙しいのね。」 それで話がとぎれると、YOUはは眠りに落ちていった。    カチャ、カチャ、という食器がぶつかりあう音で、YOUは目覚めた。由真が流しに向かって洗い物をしてくれていたのだった。 「ごめんなさい。起こしちゃった? これやってから帰ろうと思ったの。」 「そんなのよかったのに…」 そうは言いながらも、YOUは胸にあたたかいものが満ちていくのを感じていた。彼女の顔をもっとよく見たくて、カーテンを開けた。まあまあ外は明るい。が、由真は笑顔は浮かべているものの、疲れた顔をしている。 「眠れなかった? 」 「うん…何か緊張しちゃって…っと、これで終わり。私、もう帰るから。」 もう少し、この子と一緒にいたいような気もしたが、曲作りの予定は変えたくなかった。 「じゃあ、俺の方から電話するから、番号教えて。」 由真はどうしてか寂しそうな顔をした。

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