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第3話の12◆何もかも失ったマリアの君
「YOUさんが他に好きな人がいるのは仕方ないけど、でも、あの女の人だけはだめよ。」
なぜ、という言葉を飲み込むのがやっとだった。それくらい、由真の声は説得力を帯び始めていた。
「…あの人、彼氏いるもの。私、何度も一緒に歩いてるの見たもの。YOUさんくらい背のある、エリートサラリーマンみたいな人…」
動揺したYOUはそっぽを向いた。
「昨日なんか…ジュエリーショップから出て来て…」
「作り話したってダメだ。」
「嘘じゃないもの! 」
由真の叫びは痛ましく響き、それがYOUの神経をショートさせた。
「デタラメばっかり言うな! 出てけ! もう二度と来んな! 」
激昂したYOUは立ち上がり、由真を見下ろす格好になっていた。
「聞こえないのか? お前帰れ! 二度と来んな! 」
恐怖で動けなくなっている由真の手を掴んで玄関からひきずり出した。女の子にこんな手荒なことをするのは初めてだった。ドアの外に倒れこんだ由真に向かってカバンも靴も投げ、バタン、とドアを閉めた。すると、由真はドアを叩き、泣きながら叫ぶ。
「嘘じゃないわ。それだけはわかって…」
イライラしたYOUはまたドアをあけると、由真に向かって叫んだ。
「迷惑だから早く帰れ! 俺はここ追い出されたら行くとこねえんだよ! 」
またバタン、とドアを閉めた。閉めながら、切実な後悔を感じ始めていた。それでも、由真よりも、あの彼女の方が欲しかった。
しかし彼女とはあれっきりで、それどころか間もなく、YOUは由真の言った通りの光景を目にしていた。あの彼女が嬉々としてまとわりついていく相手は自分とは似ても似つかぬ堅気の…理想的な結婚相手とでもいった感じの三十くらいのサラリーマンだった。
自分はいったい何だったのか。
この痛みは由真の痛みと同じだとYOUは思った。由真に済まなくて、仕方がなかった。
彼女が結婚のために店をやめたと聞いたのはそれからすぐだった。急に決まって実家に帰ったのだと店長に聞いた。
何もかも失ったのだとYOUは思った。悲しいとかいう前に、神経が麻痺してしまい、これを少しでも癒してくれるのが由真の笑顔なのではないかと思いつくくらいだった。
しかし、あんなひどいことをしてしまった以上、どうやっても彼女を取り戻すことは不可能に、YOUには思えた。
それでも、由真の住んでいる隣町の駅までは何度か行った。とうとう、遠目ではあったが、学校帰り、友達と一緒の由真の姿を見つけた。彼女は別人だった。およそ生気というようなものがなかった。あらためて、自分がやったことの残酷さをYOUは思い知らされていた。男にもロックにも縁のなさそうな地味な仲間に優しくはされているようだったが、大人っぽい、整った容姿の彼女は浮いていた。だがやはり声をかける勇気は出ずに、絶望的な気分でYOUは帰っていった。
(<YOU>は<マリア>になる前のステージネームです)
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