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第3話の16◆マリアの君、皇帝ZENNと出会う

 その日もインディーズではなかなか有名なバンドと一緒だったから、MOONの出番は最初で、まだライヴは続いている間に、メンバーはローディー達と機材の積み込みをしていた。その時、CUEが業界風の男に話しかけられているのが視界に入った。CUEはすぐに作業の手を止め、直立不動になっている。そして、みんなを呼び集める。 「こちら、麗華さんのマネージャーさん。麗華さんが、ライヴ見てやっぱり気に入ったから、話したいって…」    麗華が待ち受けていたのはサラリーマン客ばかりの居酒屋の奥の座敷だった。そこで、赤い髪に、魔女かはたまた異星人かといったお馴染みのメークをしていない、つぶらな瞳の彼ははっきりと言ったのだ。MOONが気に入ったからZENNに推薦したい、と。 「気になるバンドだとは思ったけど、こんなにまとまってるとはね…」 麗華はCUEに笑顔を向けた。運命の扉が開く、とはこんなことを言うのだろうかと、YOU以外のメンバーも思ったに違いなかった。  そして…次の週、イベントの出番を終えて、楽屋で片付けをしていると、店長が緊張した面持ちで、お客さんだよ、とメンバーに声をかけてきた。彼の後からついてきた人物を見て楽屋中の人間がこおりついた。  ZENN…ROSEのZENN…  波打つブロンドに、ミストブルーのスーツ。サングラスを外したその人は紛れもなくZENNだった。 「はじめまして。ギルティー・レコードの社長の、立花です。」 暖かな笑顔、穏やかな物腰に恐縮したYOU達はあわてて挨拶をした。そのくせ、ここでは何だから、と周囲があっけにとられるのを尻目に、話し合いの場所はよそに移された。  麗華と副社長の仁が待ち受けていたオシャレなバーのVIPルームで、またもや五人はがちがちに緊張し、しかし、その緊張度のあまりの高さに、ZENNが口を開く頃にはすっかり開き直っていた。  ZENNは相変わらずの笑顔で、まだまだ物足りない点を指摘しつつも、気に入った点を具体的にあげてくれた。メロディーが個性的で覚えやすいこと、歌詞をはっきり伝えるボーカルであること、そのくせサウンドは繊細であること… 「かなりこだわってるアレンジだよね。」 「彼が、特にこだわりのヒトなので…」 YOUを指し示すCUEの言葉にメンバーが笑うと、ZENNはYOUに向かって、 「クラシックやってたんだっけ? 」 「はい。一応、バイオリンを。」 「そういう人がいると強いよね。」 麗華の言葉にZENNは微笑んだ。彼がYOUに親近感を持ったらしいのを見て、座のムードはなごんだ。さらにZENNはビジュアルのよさ、アマチュアにしてはステージングのうまいことをほめたが、 「でも、僕が気になったのは、YOUくんの不完全燃焼だな。」 自分に対するもどかしさ、そんなものがZENNには見えるのか…YOUは嬉しかった。 「せっかくアイデアがいいのにまだ腰がひけてるね。シヴァくんみたいな自信を見せられない? 」 「あ…はい…」 それもYOUが常々感じていたことだった。 「キミはもっと自信を持つべきだ。それどころか、もっと力強さを見せて、傲慢なほどの表情を浮かべて客席を魅了するべきだ。」 麗華や仁まであっけにとられていた。ようやく口を開いたのはタカネだった。 「あの…コイツがもっと強気になると、みなさまのご迷惑になると思うんですが…」 みんな笑ったが、ZENNは微笑んだだけで、 「いや、その方がライヴのバランスは取れる。ボーカリストを中央からあまり動かさないようにするためにもね。それはもうみんなが目指しているとは思うけど、僕はもっともっとと言いたい。」 自分達のやり方をZENNが肯定してくれた…それはまず驚きとして、次には喜びとしてメンバーの胸に広がっていった。 (<YOU>は<マリア>になる前のステージネームです)

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