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第3話の17◆<マリア>の名の重み
「それじゃあ、どうしようかな。おまじないに、YOUくんにはステージネームをプレゼントしようか。」
YOUはただ驚くだけで、言葉もなかった。また麗華と仁まであわてふためいた。
「ZENNちゃん、まだ契約も済んでない人にあんた…」
それを見て他のメンバーは、二人の機嫌を損ねてはと真っ青
になった。が、ZENNはすましたもので、
「どうして? いいじゃない。どんな名前がいいかな…そうだ、思いつきだけど、『マリア』なんていうのはどうだろう。」
すると、YOUが口を開くより早く、麗華が吹き出した。
「その名前のどこが力強いんだよ。ZENNちゃん、矛盾してやしないか? 」
それでも構わない。YOUはとっさに叫んでいた。
「ありがとうございます。松岡優輔、今日からマリアと名乗らせていただきます。」
ぺこりと頭を下げた。麗華と仁が苦笑しているのが伝わって来る。しかし、そんなこと、どうでもよかった。これまでにZENNに名前をもらったミュージシャンは一人もいないはずだった。そのことの方が大事だった。
「そう。今日から君はYOUじゃなくて、MOONのマリアなんだ。」
顔を上げるとZENNの瞳が自分だけに向けられていた。YOU…いや、マリアはその瞳から目をそらすことができなかった。剣呑だと思ったらしい仁がようやく口を開いた。
「ではそろそろ会社についての説明を…」
だが、その場で決断できるわけもなく、回答は保留してその日はZENN達とは別れた。バンドの答えがギルティー入りにかたまると、今度はギルティーの方から何も言ってこなくなっていた。不安に思っていると、都内でのライヴの時、なんとZENN自ら、契約書の作成が遅れていることを詫びに来た。そして…すべては始まった。
「お詫びに来て厚かましいけど、ちょっとマリアを貸してくれないかな。」
衣装もメークもそのままで、と言われ、マリアは不思議に思いながらも、メーク直しだけをしてZENNについていった…
そして…
CDに入れる曲は新曲ばかりでなく、これまでデモテープでリリース済み、あるいはライヴでやっている中でも、特に評判のよい曲で、文字通り、MOONのすべてを世に問うという形だった。
それでもプレッシャーは押し寄せる。
しかし、これまでの、CDを出すあてのない時に比べれば、今の状況ははるかにましなはずだった。それに、何より、自分はZENNにステージネームまでもらい…ベッドでは早くここまで上がってこいと言われたのだ。それはZENNが自分を信じてくれている証拠でなくて、いったい何だというのか。
(この章終わり)
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