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第4話の1◆インディーズに登場!マリアの君
レコーディングが始まる頃から、MOONのスケジュールは本人達にはあまり喜ばしくないものになっていった。
というのは、メジャーなみと言われるギルティーの宣伝戦略のために、アルバムジャケットやポスター以外の写真撮影やロック雑誌の取材が、レコーディングの期間にも予定されたからである。それ自体は嬉しかったし、自分達のために何人もの人が動いてくれる初めての作業は何もかもが珍しかった。プロのスタイリストやヘアメークの技術で、自分が期待以上のビジュアルになっていくのも嬉しかった。しかしそれは、慣れないレコーディングに対する集中をしばしば中断させるものになった。ビジュアルも重視するというバンドの方針のために音に集中できない…そんなMOONの悩みはこの時もうすでに始まっていたのである。
ZENNのお墨付きではあるが、インディーズの段階ではバンドのセルフ・プロデュースなので、実際に彼の意見が入るわけではない。ということは、多忙な彼がレコーディングのスタジオに来るはずもなく、マリアはひそかにがっかりしていた。
曲のアレンジで他のメンバーと対立する時、あるいはギターのフレーズに煮詰まる時、こんな時、ZENNならどうするだろう、と考えている自分がいる。そのことがむしょうに腹立たしくもあり、また、どうにもできないのも事実なのだった。
それなのに、いや、そんな自分をどうにかしたいという気持ちもあって由真に合鍵を渡していた。由真はそれだけで飛び上がらんばかりに喜び、留守中に家事をせっせと片付けてくれた。しかし、あいかわらずマリアに言われなければ、決して部屋で待ったり、不意にやってくるということはなかった。
レコーディング期間はいろいろとあったが、アルバムは、メンバーにとって満足のいく作品に仕上がった。
それが、日本のロック界の奇跡の幕開けとなるとは、まだ誰も予想だにしていなかった。
グランデもバックアップしていたため、MOONのアルバムリリース、ライヴツアーの告知はインディーズとは思えぬほどの華々しさだった。それを見て、純然たるMOONのファンばかりでなく、ギルティーのファン、帝国に興味のあるロックファン達までがCDを手にし、あるいはライヴにやってくる。その中から、最初のツアーからしてすでに、MOONは大量の固定ファンを獲得するのに成功していた。
楽屋から、初めての土地のステージに一番最初に上がっていくのは、ポジションからいってマリアになる。ありがたいことに、どこのライヴハウスも客席のテンションは高かった。ギルティーの新人に対する期待の大きさが暗い中でも伝わってくる。そのプレッシャーは快感だと、マリアはスタンバイしながら自分に言い聞かせる。特に、ZENNにステージ・ネームを与えられた人間が、どんな人間なのかという関心もひしひしと感じる。しかし、とマリアは自分を励ます。ZENNさんは言ったのだ。俺に足りないものは、地位と名声だけだ、と。
耽美的なSEがぴたっ、と止めば、タカネのドラムが闇を切り裂く。歓声。大音響。まばゆく五人が浮かび上がる。客席は、激しい曲に揺れながら、黒の豪華な衣装に包まれた、五人の美しさに息をのむ。マリアがモニターに足をかけ、ノースリーブのドレスに長い手袋の腕で客席全体を煽り、蠱惑的な瞳で前の方の客の瞳をのぞき込めば、会場のボルテージが上がっていくのが手に取るようにわかる。それを援護射撃するように、静けさをたたえていたはずのシヴァが妖しく燃え上がっていく。相変わらずのタカネのドラムは力強く、その華やかさに客はZENNの存在感と比べ始める。クールに見えたCUEの瞳は暖かくファンを見守り、最初のライヴでのとまどいをぬぐっていく。そして、客席にしみわたり、みんなを一つにまとめていくのが、MIKUの美しい、説得力のあるボーカルだった。
「それじゃあ、メンバー紹介しようかな。つい最近まで、YOUってステージ・ネームだったんだけど、ROSEのZENNさんに素晴らしいステージ・ネームをいただきました。ギターのマリア! 」
MIKUの紹介を受けると、マリアは自信たっぷりの表情で胸をそらせ、両腕で客席を煽る。声援は大きくなる。マリア、マリア、マリア、と。
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