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第2話 吉備団子はスポーツか
「いらっしゃいませぇ」
鬼ヶ島に向かう前にと。
とりあえずコンビニに向かったのは、別に現実逃避とか先延ばしとか。そういうのじゃない。
ただほら、少し欲しいジュースあったし。喉乾いてたしね。
あと、新商品の桃フレーバーのフラッペを今朝CMで見たってのもある。
とにかく、僕は逃げたんじゃない。それだけは言っておく。
「……」
商品棚に手を伸ばしたら同じタイミングで、にゅっと伸びてきた手。気が付く間もなく、指と指がぶつかった。
「あっ! すいません」
慌てて謝って手を引っ込める。しかし相手は何も言わずに商品を取ることなく颯爽と去っていき、僕はその背中を目の端で追う。
……感じ悪い人だな、なんて思いながらも別に取り立てて腹を立てる事もないかと一瞬で忘れたけれど。
「ありがとうございましたぁ」
低血圧っぽいような、どこかダルそうな店員の挨拶に見送られるように自動ドアを通過。
外に出れば、ひやりと冷たい風が吹いた。
そう言えば先週から11月だった。もう年の終わりを数えると早いくらいなんだな、と何だか少し切なくなる。
「……おい」
「……」
「テメェの事だ」
「え」
―――コンビニを出て、憂鬱にため息を吐いて足を踏み出した時だった。
掛けられた声も僕の事だと思わなかった。だから軽く無視した形になってしまったのか、唸るような不機嫌そうな言葉でようやく振り返る。
「ぼ、僕、ですか?」
「おぅ」
「……」
ヤンキーだ。いや違う。極道、ヤの付く自由業の方だ。
鋭い目付きは人を軽く数百人規模で殺ってそうだし、その風格は数千人の猛者を従えた若頭って感じ。
……え、なにこれ。僕、絶体絶命じゃないの?
コンクリ抱かされて日本海に沈むパターン? でもなんで!? 僕生まれてこの方借金もしてないし、保証人もなった記憶も。
あと、そういったヤンチャな方々とお近づきした記憶もない。
「……おい」
「ヒッ! な、な、な、なんですかっ!?」
まさかカツアゲか!? 役人狩り的な……って役人狩りってなんだよ!
あぁっ、怖い。訳わかんない事を脳内で自問自答するくらい怖い。
情けなく語尾が震えてくるのは僕が特別ビビり訳じゃないぞ。
この男の風格がおかしいくらいに強いからだ。
それにデカい! 2mはあるんじゃないかって程の高身長に、カットソーとジャケットの上からでも分かる位の筋肉。
ボディビルダーみたいなあざとさはないけれど、確実に武闘派な体付きだ。強そう……いや、強い(確信)
オマケに武闘派ヤクザさん(仮)は加えてすごくイケメンだった。
彫りの深めな顔はどこか日本人離れしているし、先程から僕のことを睨み殺さん勢いで見つめてくる瞳は灰色がかっている。
「怖がらせちまったらすまねぇ。その、テメェ……吉備団子は好きか?」
「は、はぃぃ!?」
吉備団子? そりゃあ大好きだ。元々ここら辺の家庭料理で、最近ではコンビニやスーパーで吉備団子フレーバーの菓子や飲料なども売っている。
ちなみにウチのばーちゃんが作る吉備団子が一番シンプルで美味いと思う。
さっきは吉備団子味のジュースが売ってて、思わず手を伸ばしたんだった。
「も、もしかして。欲しかった、とか?」
最後の1本、彼が取らなかったから僕が買ったんだけど……。
僕の視線に、目を逸らして顔を伏せ気味になった彼。その態度で色々と察した。
「もしかして、さっきは遠慮……されたんですか?」
「……」
「ええっとぉ……」
……この人、見た目より良い人かもしれない。
まぁ、だったらなんで声掛けてきたのかって思うけど。それでも僕は先程買った『吉備団子ジュース。スポーツドリンク風味』を袋から出して掲げて見せる。
「一緒に、飲みます?」
男が無言だけど、もの凄く深く頷いた。
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もう一度コンビニに入って、紙コップを買った。
それを持って僕らが向かったのは、近くの公園だ。
「あ、ここ座りましょうか」
「……おぅ」
寡黙な彼にこの十数分で少しばかり慣れた僕は、ベンチに誘って自分が先に座る。
隣をポンポンと叩くと、大人しくのっそりと座る大きな身体はまるで熊みたいだ。
……なんだか少しだけ可愛らしく見えてきたぞ。
「紙コップだしてっと……はい。どうぞ」
「おぅ……すまん」
ようやく『おぅ』以外の台詞を口にした彼は、小さく頭を下げてコップを受け取った。
僕も自分のにドリンクを入れる。
「んじゃ、飲みましょうか」
「……」
……な、なんだかすごく緊張する。たかだかコンビニの限定ドリンクなのに。
恐る恐る口をつけてコップを傾けたタイミングは、両者共にほぼ同じだった。
「うっ……」
冷たい液体が舌に触れて味蕾をなぞり、口いっぱいにその甘みと風味が広がっていく。さらに独特な香りが鼻に抜けて、スポーツドリンク特有の後味まで余韻として……って、ダメだ。
「まっず……」
「ですね」
隣の低い呟きに同意。
このジュース、めっちゃ不味い。しかも吐き出さない程度の絶妙で微妙な不味さ加減。く、口を濯ぎたい。
思わず見合わせた顔。向こうも全く同じ事を考えているのが瞬時に分かり、なんだかすごく笑えてきた。
「っ、ぷっ……あはははっ!」
「……ふっ、くくっ、はははっ……」
あー、それでもって二人で吹き出して腹を抱えて笑ってしまうこと数分。
ちょっとお腹痛くて、でも目の前の人もニヤリと笑って来るのがまた笑えてきて。
なんでだろう、何故かひどく楽しい。
「っはぁ……あーっ、おもしろっ……」
「……だな」
お互い息を整えつつ、笑いすぎて腹筋がしんどい。でもなんだか色々な鬱憤も少し晴れた気がする。
僕はふと、手に持った紙コップの存在に気がついた。
「こ、これ……どうしよう」
誰に言うこともなく呟けば、突然隣から逞しい手が伸びて僕の手からコップをひったくる。
「あ!」
「……」
彼が勢いよく口を付け、コップの中身を一気に飲み下す様を僕は馬鹿みたいにポカンと眺めていた。
空になったのか、無表情な彼は紙コップを握り潰す。僅かにその眉間に皺が寄ってるのは、やっぱり不味かったからだろうな。
「だ、大丈夫、ですか?」
「……む。何が」
「いやそれ、その……不味かったから」
「飲めねぇほどじゃあねぇ」
そうかな……商品化されているのが信じられない位の絶妙な不味さだけど。
でもやっぱり無理してたんだろう、握り潰した紙コップがもう紙コップじゃない。圧縮されてナニカの固まりになってる……。
「ありがとう、ございます」
「……ふん」
視線を反らせ、鼻を鳴らした彼の耳はほんのり紅い。もしかして照れてるのかな。
……案外、可愛らしい人なのかも。
「これ。やるよ……テメェの飲んじまったし」
相変わらず視線は合わず、そっぽ向いて彼の手がガサゴソと下げた買い物袋を探って、数秒後何やら出してきた。
ぽん、と乗せられたそれは手のひらに乗る程の小さなキューブ型。緑の蛍光色の包み紙がキラキラしていた。
「吉備団子、チョコ?」
これは初めて見た。吉備団子にチョココーティングしてあるらしい。
包み紙を開けて、口に放り込めば広がる甘みとチョコの上品な苦味。
「なにこれ……美味しい!」
すごく美味しい。吉備団子ってチョコと合うんだ。新しい発見だった。互いを邪魔しないどころか、和洋の調和が素晴らしくてビターチョコの風味も最高だ。
「すごく美味しいです! 凄い!」
「もう一個食うか?」
「え、良いんですか」
「おぅ、遠慮すんな」
相変わらずの無表情ながら、ほんのり穏やかに細められた目。それを見つめながら、僕はやっぱりこの人悪い人じゃあないなって思った。
顔と雰囲気、怖いけど。
差し出された箱から、再び一個摘んで包み紙剥がして口に入れる。……うん、やっぱり美味しい。
―――そして気がつけば、今度はチョコを食べながら二人でぽつりぽつりと自己紹介を含めたお喋りをしていた。
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犬養 憲一(いぬかい けんいち)それが彼の名前。
彼はヤクザでも不良でも無く、なんとこの近くの大学の学生、しかも19歳!
「嘘っ!? ……あ、ごめん」
あまりにもその、老け……いや、大人っぽい感じだからと言い訳する。
しかし彼はあまり気にしていない様子で『よく言われる』と鷹揚に頷いた。
「歳下だったかぁ。あ、僕は桃知 太郎……」
「モモジリ?」
「違う! 桃知」
よく言われる、なんて僕は言わないぞ。
まぁ言われるけど。この訂正、地味に恥ずかしいんだからな!
「もも……」
「んん?」
「いや。なんでもねぇ」
ジッと考え込むような顔をしたから聞いてみるが、彼はすぐに顔を上げて首を横に振った。
「んで、今から鬼ヶ島行くのか」
彼の言葉に深く溜息をついて頷く。
役人の辛いところだ。近隣住民の為とはいえ、僕だって正直怖いし行きたくないよ。あんな所。
「仕事だからね」
「大変なんだな……大人って」
僕よりずっと大人に見える彼がそう言って、項垂れる僕を覗き込んだ。
その一見、表情筋がストライキ起こしたような無表情も目元がほんの少しだけ優しく微笑んでいる……錯覚レベルだけど。
そうだ、瞳。彼のその晴天の太陽が差し込む瞳の色は、灰色めいているが若干の碧も垣間見えている。
……ああ、綺麗だな。なんてついつい魅入ってしまいそう。
めっちゃこっちガン見してて、少しばかり怖いんだけど。
「俺も一緒に行ってやるよ。鬼ヶ島に」
「え?」
藪から棒で吃驚した。
そんなヤーさんみたいな大学生の申し出に、僕は一瞬考えたがやんわりとお断りする事に決める。
「気持ちはありがたいけど、鬼ヶ島だよ? 治安最悪の所に君みたいな未成年つれていけない」
子供が行っていい場所じゃない。大人として何かあったら責任取らされるのは僕なんだぞ。
すると子供扱いされたと思ったのか(思い切り子供だけど)ムッとした顔をして一言。
「どうしてもダメか?」
「駄目です。大人の言うことは聞きなよ」
「テメェはガキの俺にビビってたじゃあねぇか」
「そ、そんなこと……!」
そりゃあ怖かったよ。当たり前だろ。でもそれは彼がいきなり暗殺者みたいな顔で睨みつけてくるからで。
「どちらにせよ、君を連れて行く訳には行かないよ」
「……じゃあ一人で行くぜ」
「え?」
「元々あそこへは行く予定してたんだ。テメェが一緒に来てくれねぇなら、ガキの俺が一人で行く」
「えぇぇ……」
そういうのズルいよ。これじゃあ、一緒に着いてきてあげない僕が不親切な大人みたいじゃないか。
っていうか本当に彼は最初から鬼ヶ島行こうとしてたのか。なんだか子供の話に乗ってしまったみたいでモヤモヤするなぁ。でも。
「分かったよ……くれぐれも勝手な行動しないでよ」
深い深い溜息をついて承諾するも、内心少しだけホッとしていたんだ。
やっぱり一人で行くのは怖いし。
彼は目元だけで微笑むと、大きく頷いた。
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