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第3話 友よさらば(嘘)
鬼ヶ島へはさほど遠くない。
バスで15分ほど。そこからさらに15分ほど歩けば……って。
「本当にここなのかなぁ」
僕は思わず呟いた。
治安最悪の魔境とも噂高い鬼ヶ島の最寄りのはずだけど、所謂観光地で人も沢山いるし。とてもそうには見えない。
「ほら、さっさと行くぜ」
スマホで住所確認していたら、そんな声と共に頭の後ろをぽん、と軽く叩かれる。
隣を見るとジッとこちらを見る灰色の双眸。相変わらずその表情からは、何を考えているのかよく分からない。
「う、うん……」
そして歩き出すとえらく距離が近い。ピッタリと張り付くように、腕と腕が触れ合って、少し距離を離せばそれだけ近づいてくる。
歩きにくくて仕方ない。
……自意識過剰だろうか。気のせい、じゃないよね。
ことある事に手が、ちらちらと当たる。彼の指が僕の手の甲や指に、何かを伺うようにそれとなく触れてくるような。
「あの、犬養君?」
何気ない感じを装って呼ぶと、彼が足を止めた。
そして低く唸るような声で呟く。
「違う」
「へ?」
彼はふい、と視線を逸らして『なんでもねぇ』と一言。
しかし何が違うのか分からない。でもこれ以上聞き返すのもどうかなと思ったので同じく再び歩き出す。
それでやっぱり手がちらちらと当たるわけで。
「手、当たってるんだけど」
「あ? ……あぁ、無意識だ」
無意識。彼ももしかしたら緊張しているのかもしれない。
……なんだ老け顔だしヤクザ面してるけど、やっぱり未成年なんだなぁ。これは僕が怖がってる場合じゃないな。
なんて気持ちを引き締める。
天気も良いからか、平日だというのに人が多く行き交っている。
大通りの両サイドには土産物屋が立ち並び、確か向こうの方は歓楽街なんじゃないかな。
普段なかなかこうして歩く機会がないから、今日初めて少し得したような気分だ。
……まぁ出来ればカノジョと来たかったかな。作る所から始めなきゃいけないけどさ。
「……おい」
「ん。なんだい?」
彼の声に、なるべく大人の余裕を意識して答える。
笑顔で『大丈夫。心配ないよ』って顔でね。
ここは大人だし、うん。
「……チッ」
「!?」
そしたら凄い顔で舌打ちされた。どうやら怒らせちゃったらしい。
……思春期かな。難しいものだ。
そこまで年齢変わらないと思ってたけど、やっぱり学生さんと社会人って違うのかなぁ。あー、なんか自分がひどく歳とった気分。
より一層彼は無口になって、僕も聞けなくて。
しょんぼりとした僕の隣で、相変わらず何考えてるか分からない表情をしてひたすら歩く(そしてやっぱり手が触れるし距離が近い)
「寒い」
―――何となく気まずくなって数分。
犬養君は突然、そう言うと
強引に僕の手を取った。
「えっ、どうしたの!?」
「手が寒い、握らせろ」
低い声でそう言いながら、僕の手を強く握って離そうとしない。
「そっか、寒い……か?」
確かに今日は昨日よりほんの少しだけ肌寒いかなぁ。なんだかんだいって冬に近いもんね。
それにしてももしかして、さっきからそれが言いたかったのかな?
「ふふっ。犬養君って、案外可愛い所あるんだねぇ」
「あ?」
凄んでみせたのかもしれないけど、寒いからと年上の男の手を握って歩く彼はもう怖くなかった。
しかもよく見れば耳の辺りがすごく赤くて、頬もほんのり色付いている。照れてるらしい。
迫力満点の美丈夫が、手を繋いだだけで恥ずかしがるなんて……余程寒かったのかな。
手は僕より熱いみたいだけど。
「そういえば君、大学生だっけ。出身もこっち?」
「そうだぜ。……太郎も、か」
「うん? そうだよ。生まれてこの方ずっとここだ」
正しくいえば物心がついてからってことだけど。
ばーちゃんの話だと、1歳頃に両親が死んで育ての親である2人に育てられたらしいから。
「そうか。……テメェ、恋人はいるのか?」
「おっと、突然だね。いません。いたら良いんだけどねぇ」
出会いがなかったわけじゃないんだけど、いつも女の子達に言われてたんだよなぁ。
『良い人ってだけで印象が薄い』って。
あ。あと『自分より女子力高そうでイヤ』とか『守ってあげたくなる男はちょっと……』なんてフラれた事もある。
童顔だからかなぁ。それとも単にモテないだけか。
どちらにしても僕だって人並みに恋人欲しいんだよね。
モテないのに加えて、日々仕事と自宅の行き帰りで一日が終わっちゃう……って言うのは言い訳かな。
「君こそ、カノジョいるでしょ」
無表情だけどイケメンだし、一見怖そうに見えるけどこうやって可愛い所あるっぽいから彼はモテるだろうなぁ……僕と違って。
うん、僻んでないよ。最早別の生き物だから。
「はぁ? ンなもんいねぇよ……女はめんどくせぇしよ」
「あはは……言ってみたいや。そんな台詞……」
妬んでない、妬んない。うそ、少し妬んだ。
「それより、俺はどうだ」
「え? ……痛ッ!」
握った手に、めちゃくちゃ力いれてきて声無き悲鳴を上げる。
「い、痛い痛い痛い! あと近い!」
元々近い距離をグッと詰めてきて、最早歩けない。空いた方の手で何とか押し返すものの、それでも近付いてくる顔は真顔で迫力満点だ。
「俺はどうだ? フリーだぜ。……歳下だがテメェを守ってやれるだけの体力はあるはずだ」
「じょ、冗談っ……」
ぜんっぜん、笑えない。
むしろ怖い! さっきまでの可愛らしい年下の男の子の、恥らいはどこに行ったんだ!
今の彼の目は瞳孔開き気味で、数人殺りましたみたいな顔してる。
それは軽いジョーク飛ばしてる顔でも、愛の告白してる顔ですらない。強いて言えばこれから肉を喰いますっていう肉食動物の顔だ。
「なぁ。どう思う」
「どうって……」
これからコンクリ詰めされる多重債務者の気分です、とか答えればいいの?
……いやいやそんな事言ったら山に埋められちゃうかもしれない。バラされて魚の餌も有り得る。
「太郎」
「え、えええっとぉ……」
鬼ヶ島行く前から鬼に会ったみたいな恐怖で泣きそう。っていうかなんなのこの子! 若い子怖すぎ! 先が読めないよぉぉ。
なんだか泣きそうだ。大人なのに、19歳に泣かされるとか情けなさ過ぎる……。
―――その時だった。
「あれェ。憲一じゃん、何してンだよ」
「チッ……」
後ろから声が聞こえて、彼が身体を離す。ついでに掴んでいた手も離してポケットに入れてしまうものだから、急に手が寒くなった気がして少しだけ身震い。
「おいおい。無視すんなよォ! ……あれ、ツレがいるのか」
後ろを振り返れば、なんとも軽薄そうな男がニヤケながら手を挙げている。
明らかに染めたと分かる頭髪は金髪で短く逆立っていて、さらに耳には複数ピアス。あ、鼻にもついてる。どこかの部族だろうか。
しかもその服装、特にズボン……あ。半ズボンだ。今日のこの天気では寒くないんだろうか。
勝俣●和の顔がチラついた。
「チッ……猿渡かよ」
「だから舌打ちすんなっつーの! 友達にばったり会ってそれはないんじゃねーのォ?」
あからさまに嫌な顔をする犬養君に、おどけた様子で肩を竦める猿渡と呼ばれた勝俣リスペクト男(半ズボン)
「テメェみたいな半ズボン野郎を友達とは思ったことねぇぜ」
「ひでェ! ……ンンッ? そっちの子は?」
結構酷いこと言われている気がするけど、ヘラヘラ笑いながら男は僕の方を指さした。
正直今会った人に指さされるのはいい気はしなかったが、まぁ大人だし『桃知 太郎です。どうも……』とだけ返す。
すると男が満面の笑みで僕に頷きかけて言った。
「オレ、猿渡 慶史(さるわたり けいじ)って言うんだ。よろしくな。えっと……プリケツだっけ?」
「そんな珍苗字あるかッ!! モモジリ……じゃなくて桃知! 桃知 太郎だよっ」
「へー。モモシリ……でもお前、結構いいケツしてんじゃん」
「ぎゃっ!」
「ギャハハハッ」
いきなり尻をパンッ! と平手打ちされて思わず悲鳴を上げて飛び上がった僕を、彼は豪快に笑う。
「なっ、何するんだよッ! セクハラおやじか!」
ニヤニヤ笑いながら尻を叩いた手を掲げる猿渡を怒鳴りつけて、手を振り上げる。
初対面でこの仕打ち。許せん! 大人として鉄拳制裁してやるっ。
「おいおい、ンな怒んなよォ。減るもんじゃねーだろ」
「減るよっ、 僕のプライドが!あと人としての尊厳がっ、大幅にッ!」
「ハハハッ、お前おもしれーな。おい。憲一……ってうぉぉぉっ!!」
犬養君の方を向いた彼が突然叫び声をあげる。
不思議に思って僕もそちらを見ると……。
「猿渡、テメェ、殺ス」
「!?」
「!!!」
隣で殺気ダダ漏れなのに、何故か満面の笑みの犬養君が殺人予告していた。
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