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第4話 猿と雉は阿鼻叫喚
「お前なァ、野生のゴリラかッ!…… 痛ェっ、投石すんなコラッ!」
「……うるせぇ、死ね、今すぐ、死ね」
「あーっ、もう! 2人とも喧嘩しないで」
突然満面の笑みで攻撃し始めた犬養君に、逃げつつ応戦する猿渡を僕は必死で止めた。
恐らく僕に対する猿渡の態度に腹を立てたのだろうけど、なんていうか……行動が突拍子無さすぎて吃驚する。
しかも表情と行動が違いすぎて怖い。今も凄い良い笑顔で、猿渡にバックブリーカー決めてるし。
「ちょ、ちょっと! やめたげてっ、とっくに彼のライフははゼロだよ!」
「……太郎。止めんじゃねぇ、次は猿渡が死ぬまで殴るのを止めねぇ」
「グフッ……それっ、単なる殺人だろーがッ!」
次に殴りつけてくる犬養君を器用に避けながら、でも数発食らってる猿渡が叫んだ。
僕は往来で、しかもこんな観光地でいきなり喧嘩を始める彼らをどうしていいやら……人々の視線が痛い。しまいにはヒソヒソと『警察呼ぼうか?』なんて言ってるし。
……ああ、これはヤバい。鬼ヶ島行くまえに警察連行されちゃう。
「ほらもうっ、犬養君もやめてよ!皆の迷惑になっちゃうでしょ。ほら、僕は大丈夫だから落ち着いて、ね?」
犬養君に近付いて、宥めるように叱る。怒りで興奮しきった猟犬みたいになった彼の腕を、どうどう……と撫でると少しずつ落ち着いてきたようだ。
殴るの腕も止まり、笑顔もさっきの真顔に戻ってきた。
でも、次の瞬間。
「そうだッ、言ってやれプリケツ太郎!」
「猿渡はもっと反省しろよぉぉーっ!」
「ゲブゥッッ!!」
余計な事を叫んだ猿渡に、今度は僕からの肘鉄が炸裂した。
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「お前ら……揃いも揃って、オレへの扱い酷くね? てか憲一、お前はオレの幼馴染だろ。少しは手加減しろよ……」
とりあえず犬養君の興奮状態も収まって、猿渡が呆れたように言った。
「それはテメェが太郎の尻を触ったからだ。クソっ、羨ま……けしからん」
「羨ましいって……犬養君も大概おかしいよ」
僕はついついツッコミ入れてしまう。
っていうか叩かれただけだからね? なんか犬養君って案外むっつりスケベなんじゃないかな……あと男の尻でも良い所に思春期感じる。
「へへっ、カップル仲良くてそれこそ羨ましい事だな!」
「は?」
相変わらずのニヤつき軽薄そうな笑顔で、猿渡は肩を竦めた。
どうでもいいけどコイツ肩すくめ過ぎだ。あとその笑顔ムカつくなぁ。肩外してやろうか。
「カップルって……」
「え? だってお前ら手繋いでたじゃん。……しかしなぁ、憲一もついに恋人出来たのかぁ。いやぁ、めでたいな! 今度オレのカノジョとダブルデートしようぜ!」
「おぅ」
猿渡の見当違いの言葉に、心做しか口元を綻ばせて頷く彼を2度見した。
……いやいや。変な冗談やめてよ。カップルじゃないし、なんなら今日が初対面だ。
犬養君もそんなノリノリで反応返すなんて。
さっきは僕がコイツから尻叩かれてキレてたのに、正直彼の怒りポイントがよく分からない。
「っていうか猿渡でもカノジョ居るんだね」
「太郎、『でも』ってなんだよォ。居るぜェ! とびきり可愛いカノジョがよ」
「ふーん……どうせ幻覚か、画面から出てこないタイプのカノジョでしょ」
「違ぇよ! 3次元だっつーの。 実在してるわッ……痛てぇっ、急になんだよ憲一!」
猿渡の反応が面白い。
でもまた犬養君が彼の顔をアイアンクローで締め上げ始める。
そろそろその首、もげるんじゃないかな。てかもげてみて欲しい。
「本当に、今度紹介してやるからよォ。めっちゃ気強いけど、顔だけは良いカノジョだぜェ。しかもオレのことベタ惚れでよォ。ストーカーみたいにしょっちゅう付きまとって来るんだぜェ、参っちまう」
「……誰がベタ惚れだってぇぇ?」
そんな声と共に、猿渡の金髪が背後から伸びてきた手に勢いよく引っ掴まれた。
「いっ! ……ひ、姫華!?」
「誰がっ、誰にっ、ストーカーだってぇぇぇ?」
綺麗なネイルを施した指が、ブチブチッと金髪を掴み数本抜いていく。
その『姫華』と呼ばれた女性は、女性にしては背の高い人だった。
さらに印象的だったのは、綺麗に華やかなピンクのアイシャドウ。元々堀が深く端正な顔なのだろう。しかししっかり塗られたルージュと共に、それはただの化粧というより芸術的ですらあった。
「猿渡ぃ? アンタ、人の店の飲み代踏み倒して、その上あたしをカノジョだと詐称するなんざ……良い根性してるわよねぇ、アァッ!?」
「ちょ、い、痛てぇって、姫華! おいっ!」
「呼び捨てしてんじゃあねぇわよっ、このサルがッ!」
「姫華さんっ……いてててっ! 姫華様ァァァッ!」
僕な猿渡より背の高い、その人は彼を大声で罵倒している。
また道端で騒ぎ出した僕達への視線が痛い。そろそろ本当に通報されそうだ……。
「太郎、行こうぜ。バカが伝染るぞ」
「そうだね。……さよなら、猿渡」
彼の友達で幼馴染である(らしい)犬養君が行こうって言うから仕方ないよね。これ以上トラブルはごめんだし。
再び繋ごうと伸ばしてくる手をそれとなく避けつつ、僕は彼らから視線を外し歩きだそうとした。
「ま、待てよっ。お前ら友達だろーッ!」
「……なぁに。アンタ達、コイツの友達なの?」
「!?」
ゆらりと長身がこちらに振り向いた。
派手で綺麗な顔がこっちを、主に僕をロックオンするのを感じる。
「じゃあ『お友達』の飲み代のツケ、肩代わりしてくれる……わよねぇ?」
「えっ!?」
ガシィッっと掴まれた肩。緑っぽいネイルが施されている長い爪が少しくい込んで痛い。
ヤクザみたいな大学生と軽薄でアホなサル……の次は派手な借金取りのお姉さんとか。
「はぁ……」
僕は本日数十回目になる深いため息をついた。
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