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第5話 反省だけでも猿渡出来ず

人は多すぎる情報量とその高い濃度に晒されると、視線が自然と遠くを向くらしい。 今の僕みたいに。 「……なんでテメェらが居るんだ」 憮然とした顔で言ったのは犬養君だ。ガシガシとグラスに入った氷をストローでつついている。 ―――状況を振り返ろう。 往来での騒ぎに、慌てて彼らを別の場所に移動させる必要があった。 だから近くのカフェに飛び込んだのだ。 我ながら咄嗟の良判断だったと思う。しかし少しばかり入った店が悪かった。 ピンクを基調とした内装。としたオシャレな内装に加えて緑が至る所に添えられるように配置されて、さらにぬいぐるみや可愛いインテリアに満ち溢れた……メルヘンっぽい店。 さらに客層もまずい。女性同士か、カップルばっかりだ。平日のこの時間なのにむしろカップルの方がやたら多い! なんだここ、異世界か。リア充の巣窟か……僕には眩しすぎる。目がチカチカして痛すぎるッ! 「……デートの邪魔ばかりしやがって」 「はい。犬養君、変な誤解与える言葉は慎んで」 デートじゃないし。今日あったばかりの旅は道連れ的なやつだから。あと距離近い。 彼は吉備団子ソーダ飲みながら不機嫌そうに鼻を鳴らした。 ……こういう店だとただの炭酸ジュースも何やら色々と飾りがついていて凄いなぁ。 なんか場違い感に鳥肌が立つ。周りから見ると僕らはどんな集団なんだろう。 「ナァナァナァ。いちごパフェ頼んでいーい? あ、このチョコ吉備団子パフェ、期間限定だぜ。インスタ映えするかなァ」 「猿渡、君は水で充分だろ。あとやたらクネクネするんじゃない。そうだな……そのお冷のグラスに頭でも突っ込んだら映えるんじゃないの」 「それは単なる迷惑な客だろーがッ、炎上するわッ! しかも入ンねぇからね!? オレがいくら小顔だからって」 何言ってんだこの猿渡。小顔だって? 単に……。 「猿渡ぃ、アンタのは単に脳みそ小さいだけよ? 今度小顔語ったら……死刑」 「ちょ、重罪過ぎンだろ!」 僕の思考を先読みしたような発言(さらに過激)をしたのが雉野 姫華(きじの ひめか)さん。 どうやら猿渡の行きつけの飲み屋のママらしい。 見た目は二十代前半、僕と同じくらいだ。派手で端正な顔と化粧に惹かれるがそれ以上に強い腕っぷしと猿渡に対する容赦の無さに圧倒される。 大体、この突然出てきた猿渡という男。 こいつは犬養君の幼馴染で1つ歳上の20歳。彼は高卒で家業の魚屋を継いでいるらしい。 「猿渡……その店のツケ、さっさと払いなよ」 僕は珈琲をすすりながら彼を睨みつける。 こいつが雉野さんの店の飲み代を支払わなったから僕らまでここで足止め食らってるんだからな。 「いやぁ、最近バイク買っちまってよォ。給料前借りしてるしなァ」 「はァァ!?」 「一目惚れしちまったんだよォ。ほら、あるだろ? 絶対に欲しくなっちゃうモノって」 ……えー、この男。典型的な『ダメ男』じゃないか。 そこで猿渡がいつの間に勝手に注文してたパンケーキセットに若干目を奪われつつ、年長者として説教してやることにした。 「あのねぇ。君は成人していて社会人だろう? 飲み代位ちゃんと払わないと。この際、親御さんに頭下げてもさぁ……」 「それはダメよ」 「え?」 横から言葉を挟んだのは雉野さん。何故かワイングラス片手に(なんでこんな可愛い系のカフェに重厚感たっぷりな赤ワインがあるんだ……)言い切る。 「家族に迷惑かけちゃあダメ。それに大体アンタ、おじいさんとおばあさんしかいないでしょ。年寄りを悲しませる奴はアタシが許さないッ!」 「えぇぇ……そこ?」 この外見、体たらくで既に悲しませてる気がするけどなぁ。 っていうか、猿渡も両親がいないのか。 「そしたらどうするんですか。今の彼に支払い能力があるとは……」 「そうねぇ」 彼女は少し考える素振りを見せた後、ポンっと手を叩いて言った。 「……モモジリ君、だっけ? アンタが女装してウチの店で働くってのはどうよ。……なかなか悪くないかもよ」 「じょ、女装!?」 なんて突拍子も無いことを言ってくれちゃうんだ、この姐さんは。 驚きすぎて名前訂正出来なかったじゃないか。 ……いやいやそんなことより!! するとなにか、僕は猿渡のアホの為に女装して働けってことか。 とんでもない! 「お、良いじゃん! お前顔だけは可愛いし、プリケツだし似合うぜェ」 「膝丈より短いモノは認めねぇぞ」 「犬養君、君に認められなくてもドレスやスカート着る事はないからね。っていう君は僕のなんなんだ……。あと、猿渡は今すぐ自害するといい。介錯くらいしてやる」 どんどん減っていく猿渡のパンケーキを目で追いつつ、釘を刺しておく。 犬養君は心做しかシュンとして肩を落とし、猿渡は『ひでェ』とヘラヘラ笑いながらメニュー表を取り出そうとする。 ……おいおい。まだ食べるのか、このサル野郎。 「大体僕は彼らとなんの関係もないんですよ! ほぼ初対面ですし」 「ふーん? 『公務員』は困ってる青少年達を見捨てるのね……ふーん?」 「うっ」 こう言われちゃ弱いんだよなぁ。確かにこの中で多分(雉野さんは知らないけど)僕が一番年長者だ。しかも猿渡も同じく両親がおらず祖父母に育てられたという、親近感と同情を誘う境遇だ。 「……金なら俺のツテで借りればいい」 悩んで頭を抱えた僕の耳に犬養君の言葉。それは一筋の光のようで、僕は勢いよく顔を上げる。 「本当かい? 犬養君!」 「ああ。そしたら太郎が困らないで済むだろう」 「犬養君……」 なんて良い奴なんだ。 僕は感動して彼の手を握りしめる。そして何度もありがとう、と繰り返した。 そこで猿渡の能天気なバカ笑いが響く。 「アハハハッ! 太郎、大袈裟だなァ。っていうか、お前らやっぱり付き合ってンじゃねーかよォ。ヒューヒューッ、 ラブラブゥ!」 「猿渡……やっぱり君が一番反省しろぉぉッ!!」 「ベブシッ!」 ―――僕は猿渡のアホ面に思い切り正拳突きを食らわし、メニュー表を取り上げた。

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