7 / 13

第6話 ここは鬼ヶ島

賑やかな観光地。老若男女行き交って、店も立ち並ぶ。そんな場所も、少し奥へ行けば……。 「な、なに? ここ」 どんよりとした空気はまるで作られたもののように急に濃厚になる。 「何って、鬼ヶ島よ」 「ここが……」 雉野さんの言葉に、月並みな相槌しか返せなかった。 ……鬼ヶ島は島ではないのは知ってた。それどころか町ですらない。その一区画。都会の集落と化した、古い団地だ。 「……」 道草くってたおかげで薄暗くもう日が傾いてきている……と思ってスマホの画面で時間確認すれば、まだ夕方と言うには早い時間帯だ。 どうやらここが異常に日当たりが悪くて、どんよりとした雰囲気もこの景色が相まってどのことらしい。 近隣住民の話だと、ここでは犯罪行為は日常茶飯事で阿鼻叫喚が絶えないのだと。 しかし実際来てみればとても静かな場所だ。……むしろ不気味さで怖気が立つほどに。 「なぁに怖がってんだよォ。お化け屋敷と同じだぜ、怖いと思うから怖いんだっつーの」 「そうよ。太郎ちゃん案外ビビりなのねぇ」 雉野さんと猿渡がバンバンと雑に肩を叩きながら、軽く揶揄ってくる。どうやら元気づけてくれているらしい。 「君たちはここに来たことがあるみたいだね。……一体君たちは何者なんだい?」 借金のツテである『爺』っていうの気になる。 僕の問いかけに、彼らは顔を見合わせてまた視線を彷徨わせて明らかに話したがらない雰囲気。 まぁ彼らは仲間内で、僕は部外者。少し複雑な気分だけど仕方ないのは理解出来る。 「言い難いと思うけど、僕は大人としてね……」 「違うわよ」 「え?」 最初に口を開いたのは雉野さんだった。 長く栗色の髪を華奢な指でくるくる巻くように弄りながら、浅い溜息つく。 「猿渡もこの犬養も、そしてアタシも。全員、両親がいなくて養父母に育てられたわ。そして養父母が赤子だったアタシ達を託された場所がここ。……鬼ヶ島よ」 「つまり、オレ達は元々鬼ヶ島出身だっつーことだな」 猿渡が横から言葉を挟んでくる。 僕は何やらすごく嫌な予感がした。彼らが今から話し出す事は、僕の根本的な存在を覆すような……そんの胸のざわめきめいたものだ。 「アタシの養父母は言ってたわ『アンタは鬼ヶ島からもらってきた子供だ』って。つまり」 彼ら自体も『鬼』ということか。 しかし彼らの見た目は普通の人間だ。普通の若者。僕らと何も変わらない。 ……ちょっと待て。僕は一体『鬼』の何を知っているのだろう。 恐ろしい姿のならず者。その言動は残虐で、すっかりひとつの地域を我がものとした厄介者。 そして彼らが一体どこから来たのか、誰も知らない。 一瞬妖怪めいたその噂は、多くの人々が共有し真実として語られた。しかも役所……いわば国もその討伐に動いているんだ。 これはとても奇妙なことだと改めて気が付く。 「アタシ達三人は半年前、ここに足を踏み入れて真実を知ったのよ。『爺達』によってね」 「真実?」 「……太郎」 ああ、何か胸がザワつく。何故か開けてはいけないモノを開ける気分。きっと本能的なものなんだろう。 そんな僕の怯えを感じ取ったのか、犬養君に右手をギュッと包み込んで握りしめられる。 その高い体温に、一瞬心奪われ彼を見上げた。 わずかに細められた灰色の双眸が宥めるような……そんな色を映した気がして少しだけ胸に違和感。 ……緊張と混乱でおかしくなっちゃったのかな? なんだかすごくその、彼が、カッコよく見える。 い、いや! 元々かっこいいんだけど、ね。なんだろう、ええっと……わかんないや。 ただ。無表情だと思っていたこの綺麗な顔はちゃんと感情によって違った様を見せることだとか、それが結構可愛いなとか。 今も握った手がじんわりと汗ばんでいるのは、僕の汗かそれとも彼のか。 「ラブラブで見つめあってる最中悪いんだけどよォ。お二人さん、ちょーっとヤベぇぜ」 猿渡の珍しく硬い声が聞こえて、僕は我に返った。どうやら数秒、あのまま惚けていたらしい。こんな鬼ヶ島で、だ。 慌てて周りを見渡して、早くも後悔した。 ……何をって? 全部だよ。今日の朝食まで遡って後悔したくらい。 ―――まさに噂に聞きし『鬼』達が建物の影から次々と出てきて集まり、こちらを切り裂くような視線で睨みつけていたから。 しかもその手には鉈やスコップ、棍棒などの武器とも思える物等をもって構えていた。

ともだちにシェアしよう!