8 / 13
第7話 アクションモドキ
正しく四面楚歌。
ぐるり、と周りを囲まれた状態で猿渡は何故かおどけて肩を竦めているし、雉野さんは微かに苦笑いして腕を組んでいる。
犬養君だけがやはり無表情で、でも明らかに気分を害したような唸り声を上げて僕を傍に引き寄せた。
「こ、こ、これ……っ、えぇぇっ!?」
それはまさに異形の集合体。
異様に背の高い者。肌の色が青や赤や緑、あと色の抜け落ちた真っ白の者もいた。
さらに全てではないが、頭部に『ツノ』のような小さな突起がある者達がいる。
それは髪に隠れきらぬ程度には主張して、それこそ『鬼』だと僕は妙に納得してしまった。
しかしその容姿自体はゾッとするほど端正で、それが彼らの異形さを際立たせているのだろうか。
歳も、歩いて間もない幼子から僕らと変わらない若者まで様々だ。
皆一様に鋭い眼光煌めかせ、歯を剥くような顔をしている。
憤怒と警戒、憎しみすら感じるその表情に僕の不安と後悔は膨れ上がっていく。
「……ソレ、人間、ダロウ」
彼らの一人がこう言った。
赤い肌の少年だ。髪は猿渡の頭髪と同じ、輝くような金髪である。
「人間、オレ達ヲ、殺シニ来タノカ」
「許さナイ、人間、生かシて、帰サなイ」
「成敗スル、悪イ、人間」
赤い少年の後ろから、青い肌の少女が鉈を持って現れる。牙のような犬歯を見せて威嚇しているのが分かった。
さらに青い少女に寄り添うようにいるのは、緑の肌の少女だ。3人はそれぞれ糾弾の言葉を口にしながら、手にした武器を振り上げている。
彼らの言葉に扇動されるように、ジリジリとその彼らに囲まれた輪が狭まっていく。
圧も数も負けが決定だ。しかも彼らの視線の先には僕。
……つまり僕が狙われているってこと。
まぁ当然っちゃ当然だよね。僕は役人で、鬼ヶ島の鬼を討伐するための下準備に来たのだから。
でもだからといって、ここまで敵意を顕にされちゃなぁ。
冷や汗が背中を冷やしたからか、ぶるりと小さく震えが来た時だった。
「人間ッ! 死ネッ!」
「っ!!」
―――突如投げつけられたのは鉈。
ヒュッ、という風を斬る音と共に真っ直ぐこちらに飛んでくる鈍い光。
あっという間に僕の顔目掛けて滑空するソレを、僕は呆然とへたり込むしかない。
「……っぶねぇッ」
「ぅわッ……!」
身体ごと、吹っ飛ばされる。
……衝撃と数秒遅れでやってくる痛み。
そのまま気が付けば地面に叩きつけられた背中と、庇うように添えられた両腕。
僕の上に影を落としたその大きな身体に包み込まれて押し倒されて、僕は守られた……らしい。
「……大丈夫か」
息を詰めて聞いてきた声は震えていた。
しかし真っ直ぐこちらを見つめる灰色の双眸は、こちらの胸が跳ね上がるほど揺れている。
「い、犬養君……ありがとう。大丈夫、だよ」
身体の色々が痛いけれど。
それでも先程まで立っていた場所に深々と刺さった鉈が視界の隅に映ることで、事態の重さを思い知る。
「……テメェ、何しやがる」
身体を素早く起こした犬養君が、凶暴な猟犬の如く唸り声で言った。
彼の殺気に鬼達は一様にざわめく。
「アンタ達。太郎ちゃんキズモノにしちゃあ、アタシも許さねぇわよ?」
「そうだぜ! こいつはオレたちのダチだ。いいから大人しく『爺』に会わせろよォ……痛ッ」
情けなくへたり込んだ僕の頭を撫でる雉野さんと、ようやく立ち上がった僕の尻を叩く猿渡(その瞬間僕は彼の足を踏みつけたが)に、何故かその後から無言で尻を撫で回した犬養君。ぇぇぇ……。
……ま、まぁ。一見めちゃくちゃな彼らだ。しかしその行動は多勢の鬼の中で、四面楚歌な僕を守ろうとしてくれている。
今日出会ったばかりなのに。僕より皆若い子達なのに。友達だと公言した。
「な、なんでっ……皆……」
一番年長者なのに、一番情けない。
僕はこれ程までに不甲斐ない思いをした事はないだろう。
いっそ、このまま八つ裂きにでもされた方が良いかもしれないすら思える。
幸い、3人ともこの鬼たちと顔見知りで仲間みたいだ。僕を庇えば、裏切り者という事で皆もタダじゃ済まないだろう。
「それはな。お前が既にオレたちの仲間だって事だぜ……太郎」
「そうよ。ちゃんと奢ってくれた分のお礼もしなきゃね」
「俺は吉備団子ジュース貰ったしな」
ニッと笑いながらそんな事をいう彼らに、僕は呆れながらも嬉しくて泣けてくる。
なんて皆バカで良い奴なんだ!
「皆……」
僕は拳を固めた。
この状況、絶対絶命のそれにどう立ち向かえば良いのか。逃げることすら難しいだろう。
しかし僕達はそこらの木の枝や石を拾い上げると、互いに背中合わせになり、射るような視線の鬼達を見据える。
「ゥオオオオッ!」
―――まず先程の赤い少年が獣じみた咆哮を上げて、手にした角材を振り上げて突っ込んで来た。
「っ!!」
やはり真っ直ぐ走り込んで行く鋭い視線の先は僕だ。そしてあっという間に辿り着き、脳天目掛けて振り下ろさんとした時。
避けようと身をよじる僕の視界の端に映りこんだのは、赤い少年に足をかけて転倒させる刹那にその腹に重々しい1発を叩き込んだ猿渡の姿。
「ゥグっ……」
「悪いなッ、子供は寝てろよ」
昏倒して倒れ込んだ少年にかけた声は軽妙であるが苦渋が滲んでいた。
ともだちにシェアしよう!