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第8話(2) 真実の御伽草子

「数百年以上も前の話だ」 ―――そう前置かれ、過去は語られる。 「事の発端は、ある異形の民がこの国に現れた事だった」 窓の外が薄ら翳り、夕陽が鋭く面となり差し込む。遠くで鴉達のけたたましい鳴き声と羽音が聞こえて、既に夕刻なのだと悟る。 「その容姿は肌の色も髪の色も瞳の色までも全てが異端。おまけに鋭い角が頭に生えた姿。……人間のどの国の民族とも違う色形に人々はそれを『鬼』と呼んで畏れ崇め、嫌悪した」 鬼、その起源がそんな昔から。しかも昔話のような存在が。 皆一様に、猿渡ですら一言も音も立てなかった。重々しい雰囲気の中、言葉は紡がれる。 「しかし畏れるばかりの人間達ではない。特に近代の彼らは秘密裏にある計画を思いついた。……『鬼』を増やし支配するというものだ」 「鬼を……増やす?」 「そうだ。兵器として使いたかったのかもしれん。何せその『鬼』の生命力と寿命、身体能力はひ弱な人間達のそれとは比較にならぬモノだったからな。その遺伝子を科学的に解明し飼い慣らす事が出来れば、と」 ―――強く、生命力に溢れた『鬼』……彼らは人間に恐れという名の弾圧を受けて数を減らしながらも少数存在していたのは100年ほど前の話らしい。 それから数十年で、人間の掲げた『鬼討伐計画』によって一気にその数を減らして60年年前には既に最後の一体となった。 「鬼たちはそれは気高き魂の種族であったよ。『人間共の玩具になるならば』と自ら火達磨になって遺伝ごと葬り去ることも辞さなかった。しかし人間達は最後の一体……彼を捕獲することに成功した」 彼は何も聞こえず、口もきけない鬼である。 しかしその瞳は深い灰色に煌めき、目の周りは隈取りのように朱色づいていた。更にその髪は見事な金髪。そして頭蓋骨から生えた角が2本。 ……それは見まごう事なき『異形なる鬼』だ。 『ゾッとする程に美しい容姿』と形容しされた彼の事を、国の研究者たちは好奇と興奮を持って研究施設に迎え入れただろうか。 遺伝子を採取し分析して人類の精一杯の科学力を駆使する。 しかし目的であった『鬼を増やす研究』とやらは実現に膨大な時間と予算がかかっていた。 「途中で戦争がな……あったんだ」 じーちゃんの言葉だ。 「外国のと戦争で、秘密裏に進められたこの研究が露見する危険性があった」 風が窓を強かに叩く音。 どうやら雨も降ってきたらしい。あんなに晴れていたのに。 「国は選択を迫られた。そして決断した……『鬼』の存在ごと歴史の闇に葬り去ってしまおう、と」 「そんな……その『最後の鬼』はどうなったのよ」 雉野さんの問いかけに、ばーちゃんが初めて口を開く。 「その時、私達はまだ若い研究員だったわ。希望と野心、探究心に満ち溢れていたのでしょうね……だから持ち出したのよ、『彼』を」 「まさか……」 「そう、そしてここで秘密裏に研究を重ねたわ。クローン技術を持って、彼が死んでからもその遺伝子を使って『鬼』を作ることに成功したのは25年ほど前。……姫華、貴女の事よ」 雉野さんは何も言わない。 「初めての成功例だったわ。それまで失敗続きの私達は喜んだ。初めて『人間に近い容姿の鬼』を作ることができたのだから。それまでは多くの鬼を作ったけれど、全てその寿命は短く20年程で死んでしまう。しかも青や赤の肌等、容姿とは程遠いものだった。……彼らは手元に置いて育て、そして貴方達4人の成功例のうち、3人は信用できる人達に託す事にした」 つまり。僕ら4人も含めて、鬼ヶ島の子供たちは全て古の『鬼』の遺伝子を引き継いでいる、と。 言葉を失った僕に、じーちゃんは言った。 「太郎、お前も『鬼』なのだ。しかし、お前はその外見は極めて人間に近い。もはや人間と言ってもいいほどなのだ。だから人間としてこのまま生きる事もできるだろう。……もちろん、お前たち3人もだよ」 黙り込んだ僕らをばーちゃんが涙を湛えた暗い瞳が見つめている。 すっかり暗くなった外を視界の外に写しながら、僕はこの現実離れした空想のような話に戸惑っていた。 ……僕が人間でない。しかも鬼だって? 今まで信じて疑わなかったモノたちが全く違ったモノになってしまいそうな気分だ。正直、怖い。 「本当にすまない。成してきた事に対して弁解や言い訳はしたくない。……しかしこれだけは信じて欲しい。わしらは君達を愛していたし、それはこれからも変わらないのだ」 「太郎、姫華、憲一、慶史……ごめんね」 泣き崩れる老夫婦と薄暗くなった部屋。混乱仕切った心を抱えて僕は目を伏せた。

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