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第9話 アクアリウム ベイビー
こぽこぽこぽこ……大きな器は透明な子宮。そこに立ち上る泡に満たされた液体、これは羊水。
きっと温かいのだろう。中に揺蕩うほんの小さな肉塊が、心做しか身を捩り泳ぐ様は心安らぐものがある。
「ねぇ犬養君」
「ん」
薄暗い部屋で二人、さながらアクアリウムのような子宮を眺めて過ごす時間。
彼は僕が声を発すれば、必ず返事をしてくれる。
肩が触れ合うこの距離が、なんの違和感を持たなくなったのは単なる慣れか。それとも。
「鬼ってなんだろ」
低い機械音は静音ながら、なかなか響くものだ。
それでも小さな呟きのような僕の問いかけに、生真面目な彼は答えてくれる。
「異端、だな」
「そっか」
―――あれから半年ほど。僕は役所務めを辞めた。
そして少しだけ緩めな民間企業に再就職して、休みの日は専らここに入り浸っている。
何をしているかって?
この子宮、正しくは知らないけど『鬼』を作る過程をこうやって見つめているのだ。
……最初は爪の先程もない細胞が、少しずつ満たされた羊水の中で胎児となる。
その奇妙な光景をただひたすら目に映す。そうしていたら、犬養君が気が付いたら隣に座っていて一緒に日がな一日眺めているんだ。
「ねぇ」
「ん」
桜の季節はとうに過ぎて、きっと外では今日も新緑の葉が芽生え風に揺れているだろう。
ここにはろくに窓がないから見えないけれど。
「もしこのまま鬼を増やしたらさ……僕らが多勢で、人間達が『異端』であり『鬼』になるんじゃないかな」
鬼と人間、その境界って思ったより曖昧なのかもなぁ……。
「それでテメェはここに居るのか」
「うーん? 違う、かな」
これは単なる想像で妄想なだけ。
なんで役所を辞めて、休みをここで過ごしているのは……自分でもよく分からないんだよね。
「でもさ。これ、なんだか見てたら愛しくなってきちゃった……母性本能ってやつ?」
「俺とテメェのガキか。悪くねぇな」
相変わらず大真面目な顔で冗談いうんだよね、この子。
でもそれも本当に悪くないような気がするから、イケメンって得だよなぁ。
「パンケーキ、食べに行こっか」
なんだか少しお腹減ったから、そう言ってみる。
「おぅ、半分こか」
いつも連れ立って歩けばひたひたと当たる距離感おかしい彼の手を、先制で握りしめてやれば。
「……テメェ」
低く唸るような声。その首、耳まで真っ赤に色付いているじゃないか。
やっぱり甘えん坊なんだな、この子。
「うん。半分こしよ」
この甘えん坊を利用するズルい大人である僕。
その心臓が痛いほどに高鳴っている事、多分悟られていないと思う。
……あー。この胎児。君と僕の子供と思ったらなんだか幸せな気分になってきた。
ピンクのそれをそろりと撫でる。
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