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第三幕
あと二月ほどで子が十歳を迎えようという頃、果ての地にも御触書が届いた。
【本土から西にある島に鬼が巣食う 討伐した者は望む物を褒美として取らす】
それを目にした誰もが凍り付いた。その島は、鬼の住処などではなく、流刑地であった。
この頃になると、戦乱は次第に収まりつつあった。醜い勢力闘いはようやく決着がつき、天下に君臨する覇者が定まったのだ。そして新たな統治が始まる。その矢先の事だ。
その流刑地には、上に逆らったとされる者達が大勢押し込まれていた。その内容や身分は様々で、上のやり方に異を唱えた大名から、ごく些細な失態を犯した百姓…罪と言えぬような罪を背負わされた罪人達と家族、そして人質にされた武家の者達も一緒くたに島流しとなった。本来ならば夫婦もそこへ追いやられるはずであった。その島に暮らす者を討伐せよとのお触れだ。つまり、これは大規模な見せしめなのだ。例え小さき事でも上に逆らえば殺す、新たな天下人からの無情な支配のはじまりの合図だった。
子は、戦が終わったばかりの跡地に出向いた。彼方此方に放置された惨たらしい死体を眺めて回る。人間の遺体など毎日のように見ている、ひどい環境で育った子は何をどうしていても、心の動きが平坦であった。武者の死体から上等な鎧や武器を引き剥がす。近くの川で血腥い汚れを洗い流すと、両親の手を借りて修復した。子は戦支度を始めたのだ。
これまで、子は自らの存在意義をずっと見つけられずにいた。自分が他人と違う事の理由を知りたかった。確証を得たわけではない。然し、御触書を見た瞬間に子には一つの道筋と可能性が見えた。それを夫婦も遠からず気付いていた。我が子はこのような場所に居るような存在では無い。神から授かりし類まれない力は、適所にて発揮されるべきなのだ。夫婦にとって、愛しく大切な我が子はあらゆる希望そのものだった。
遂に明日、子が旅立つという日、夫婦はなけなしの食料であるあわやひえやきび、そしてどこからともなくくすねてきた米を掻き集め団子を作り、出立の際に弁当として持たせた。夫婦は自分たちの持ちうるものを全て子に託した。子の姿が遠く見えなくなると、間もなく夫婦もこの地から去った。
果ての地から港町まで、二日歩いた。
辺境の地は閑散としていて他には誰も行き来している様子は無かった。荒れ放題の獣道を切り開きながら進んでいった。御触書のせいか、舟に乗る者は子以外一人もいなかったが、島までの道はスムーズだった。船頭も上に雇われているのだろう。移動中の数刻の間中ずっと船頭は居心地が悪そうにしており、会話は無かった。船が島に付くと船頭はそそくさと港町に戻っていった。
到着した島は、思っていたよりずっと緑が生い茂っており、果ての地よりもずっと豊かそうに見えた。島のちょうど中央の山に、流刑された人々は集落を作っている。粗末な暮らしをしているのかと思っていたが、意外にも家屋はしっかりとした造りで建てられており、島の恵みのおかげで食うにも困っていなかった。島に追いやられた人々は、優れた才を持つ者が大勢いる。こんな離れ島でも知恵や技術を駆使し、きちんとした秩序があり、コミュニティとしてしっかり成り立っている。こんな事が成せる者たちだ。お上が謀反を恐れてとにかく押し込めたというのがよく分かる。
初めは、武装した子の姿を見た流刑人達は奇襲を警戒し、集落を囲った見事な防壁の上から弓矢や鉄砲で狙ってきた。然し、子はここへ来る前に両親に言い聞かされた通り、持たされた旗を掲げた。ただのそれだけで、流刑人達の長は子を受け入れたのだ。
かつて共に戦い、共に衰退しながらなんとか生き長らえた武家同士の強い絆はまだ生きていた。長と慕われる男も、男を囲む団の面々も皆、子の顔を見ただけで都にて一大名家の当主だった子の兄の事を口にした。彼らがこの流刑地に流され生き延びたのは、子の兄のお陰であったと涙するのだった。兄は戦地にて立派に働き、命を賭したと子は両親から何度も聞いていた。それから翌朝まで、子は長と様々な話をした。不思議な奇跡のことも含めこれまでの事や、そして御触書の事も打ち明けたのだった。
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